先週末から、いきなり寒波が来たような気候になった
ただ自身には、この気候の空気感は少々嫌なムードを感じさせる
それは今年2月末、自身に降りかかったCB77の自爆転倒の惨劇と同じ空気感に似通っている
よって先週の月ヶ瀬詣ではCBで詣でたが、ほどほどにして帰還した
そして、そのCBの手直しや調整は、いよいよファイナルに近づきつつある
今回はハンドル周りを新品にした
画像の一文字ハンドルは転倒した時と同じ幅の550mmサイズだ修復時はガレージの在り物の650mmサイズをとりあえず使っていたが、幅が広すぎてCBには似合わない感があった
だがCBのエンジンも徐々に調子が上がってきたことから「ハンドルも、ここは新品で・・・」と相なった
ついでにハンドルグリップも、おニューに!
また気候の話になるが、ガレージ内は今夏も扇風機を使っていた
当T-PADDOCK630ガレージは夏場でも、よほど気温が上がらない限りクーラーの出番はない
だが、ガレージそのものは2005年の7月に今の家付き?ガレージとして、工場跡を改装して奈良の生駒から越してきた
その時に以前から使っていたクーラーを取付けたのだ
このクーラーは生駒に住まう以前の1982年、自身が大阪本町でアパレルメーカーを起業した時、通勤が大変なことから市内の賃貸マンションに住んでいた
その時に購入したもので当時はエアコンというのは、まだまだ普及していなかった
そのクーラーが未だ元気?に動くことから現在に至っている
自身は、どんなモノでもよほどの故障がない限り、またその器具が生きている限り廃棄するのは忍びない
で、先の「がレージ内は扇風機を使っている」と書いたが、その扇風機も・・・
先ず家用の扇風機から
昭和の30年代後半と思われる松下製の扇風機このプレートだけでも今やレアものだ
「NATIONAL ELECTRIC FAN」と、当時の松下はブランド化に懸命な時代で「ナショナル」を前面に押し出していた思い出すのは当時、子供向けのテレビ番組でも「ナショナルキッド」というウルトラマンのようなヒーロー番組があったほどだ
この扇風機は我が家では夏場にバスルームから上がった時、洗面台で身体を冷やすのに重宝している
だがガレージでは、さらに古い扇風機を現役で使っている
昭和30年代前半と思われる三菱製少し前では「白物家電」という言葉が家電業界にあった
昭和の30年代初期は白物が出始めた頃で、まだまだ「黒物家電」と、言ったかどうか定かではないが自身が記憶する限り扇風機は黒物が多かったように思う
エンブレム?と言えるのか、このプレートは銅板の型押し加工物なのか、非常に手が込んでいる今時の家電のインフォ類は全て貼り付けのシールで何とも無味乾燥なモノだ
首を振る構造もクランク状のリンクで左右に振らせているところが味わい深いそれを
先のナショナルの扇風機と一緒に掃除をし、また給油もして来夏まで冬眠させる作業だだが古い扇風機は他にも、まだあった
我が家の3階部分にある自称「バーベキューホール」とした宴会場?の左上角に・・・前面ガード真中のマークと、そのガードと共に当時としては「ハイカラ」なデザインがされており、先の2社より感性を感じる
製造社プレートを見ると
「Shibaura Engineering Works」とあるこの芝浦製の扇風機は現在、不動だが造った会社も今や不動寸前の現、東芝だ
皮肉な縁だが、なぜ我が家に3台もの古い扇風機があるのか
それは自身の父親が「新しいもの好き」で、とかく世に新しいモノが出ると購入していたように記憶している
ただ父親は新しいもの好きだったが、けっして「とっかえひっかえ」的ではなく、モノは大切に手入れもして長く使っていたのを覚えている
そんな事で自身も遺伝なのかクルマ、バイクを問わずモノは大切に残している
長きの年月を乗り続けている中ではベックの連続35年もあるが自身にとって関りも含めて申せば筆頭はW1だろう
その初めて乗ったW1は1970年頃、中古で高校2年からの数年を過ごした
当時、大型バイクで流行った「貫禄仕様」のままのW1を買ったが、その後にイージーライダーブームで、このスタイルも変化していく
そんな時期も挟んで別体ミッションを持つバイクとは縁が切れていない
その関りは通算で53年もの歳月を過ごしている
その次に古いと言えば、一昨年に売れてしまったが2代目モンキーのZ50A/Zも約50年を過ごした
こんな事が良いのか悪いのか、よくわからない癖なのか、その性分は未だに続いている
周りからは「もう買い換えたら?」や「もう捨てたら?」とか言われた事もあった
だが買い替えもしないし、捨てるなんて滅相もないことだ
例えば今でも
前述にあった2月末の転倒時にハめていた電熱ヒーター付の防寒グローブこのグローブが転倒で親指の根元辺りが大きく裂け、中綿が丸出しになっていた
暫くは放っておいたが、最近の冷え込みで念の為、上の画像の様にグローブの電池を充電し、その後スイッチを入れ暖かくなるか確認してみた
すると瞬く間にグローブ内はホワ~っと暖かくなってきた
「お~、生きとるがなぁ~」だったが・・・
暫くすると親指の付け根辺りの温もりが微妙に低いように感じた
「う~ん、どうする?」と、その事を家人に伝えると
「も~!ボロボロやねんから買い換えたら?」と言ってきた
「そっか!」と思いつつ・・・
「うん?待てよ!『買い換えたら・・・』って、バイク乗る許可?下りたんかな?」
と、余計なことは言わず、その場は誤魔化した
だが、先ほどのモノを大事に長く使う「良くも悪しきも」の癖?性分?が出て、結局はグローブの破れたところを縫って修復してしまった
この性分は死なないと治らんだろう
と思った矢先、またまた過失では済まされないハプニングがあった
それはT-PADDOCK630では現行車扱いのKawasaki KLシェルパに危うい事があった
毎回々々、旧車では疲れるので中休みレベルで、たまにKLシェルパで行くことがある
だがKLシェルパは「いつでもどこでも感覚」で気楽に乗っている
ところがだ!
月ケ瀬から戻って何気に上画像のKLシェルパのエンジン右サイド下にある、オイル量を示す覗き窓を見た
見た当初は円形の覗き窓には「オイルが満タン入っている状態」かと勘違いするほど油面が見えなかった
よくよく見ると・・・
「え~、オイルが空かぁ~!?」と、大騒ぎ
早速、バイクの整備記録を確認
前回、オイルチェンジをしてから1年半、走行距離では約3000kmだった
丁度、替え時でオイルチェンジをすることにした
ビックリしたのはここからだ
エンジンを再度、温め直してからオイルの抜き取り作業にかかった
抜いている間の10~15分ほど、別の事をしていたが抜き終わったであろう廃油のトレイを見ると・・・
トレイに溜まっていたオイル量は0.2~0.3Lもあるかないかの超微量だった
思わず「あっぶねぇ~」と声が漏れた
ここは単にオイルを替えるだけでは済まされない
よって「タール状になっている残オイルがあるかも・・・」
で、久々のフラッシングオイルを使いクランクケース内の大掃除をかけた
しかし、月ヶ瀬までの往復100kmをここまでの微量でよく走れたもんだ
それもあるが全くと言っていいほどアイドルも安定し、加速も良く、異音も全く無かった
だが、2月末に転倒したCBのフロントタイヤの悪夢がよぎった
タイヤの場合の整備不良は命取りだが、オイルも同様に命取りになる
「もしエンジンが焼き付いてタイヤがロックしてたら・・・」と考えるだけでゾッとする冷や汗もんだ
別にオイルを長きに渡って大事に使おうとも思っていない
オイルもタイヤ同様、消耗品としてドキュメントにして管理しているつもりだった
だが過失では済まない
またもや老化の一端が垣間見え、そこに悪魔が微笑みかけていた事になる
今回も「あ~、いよいよかぁ~」の記事になってしまった
T-PADDOCK630 T/Tatsumi
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