2019年9月12日木曜日

『Bike in the sky』#147 さて、いよいよ・・・

こんにちは。

筆者が十二指腸に腫瘍を患い、そして入院、そして手術をしまして2週間!
早いような長いような感覚で病院暮らしをしております。

日々、順調に回復はしているのですが体力がなかなか戻らず「これでバイク乗れるのかな・・・?」
と少々不安な毎日を過ごしております。

そんな不安を一掃してくれるのは・・・
海外の旧車専門雑誌。
日本で言えば「別冊モーターサイクリスト」的な雑誌で旧車の相場やレストアマニュアルなどが掲載されてます。

とにかく時間は持て余すほどありますので、しっかり読み切れます。

しかし、日々何もせず病院食だけで過ごしておりますと好きな本を読んだくらいでは不安は解消されません。

手術前の体重は身長175cm(5,6年前までは176cm)に対して平均65kgを高校生の時からキープしておりました。
ところが手術後の2日目ぐらいから院内にて、体重を毎日計測しますと平均58.5kgと激ヤセ!

齢を重ねると「肥えるより痩せた方がいい」と巷ではよく耳にするのですが筆者にとりまして痩せて力が出ず
バイクに乗れないのであればいくら健康的であっても本末転倒です!

そして、いよいよ退院で嬉しいのですが・・・

その「いよいよ・・・」で先に記事にしておかなくてはならないのが前々回の「Super Chair」の件です。
この「Super Chair」はどんな経緯があって生まれたのか!?
そして、どんな人間がこのSuper Chairを創ってきたのか!?

そのストーリーを先にご紹介したいと思います。

そもそもの始まりは筆者が東大阪に生まれて18歳になるまで、この街で過ごした最高に楽しい生き生きとした記憶がベースになっております。

ところが20歳前の青春ど真中!
筆者は父と将来について大激論の末、家出することになりそこから大よそ35年間、東大阪の外で暮らしておりました。

そして、35年ぶりに東大阪に戻ってきた当初は気付いていなかったのですが、さらに7、8年経った時
昔、過ごしたかっての繁華街、また生き生きと高度成長期を支えた町工場などなど・・・
その面影は、ほんの僅かに街の端っこに残るぐらいで「あの時の活気はどこに・・・」というところでちょっとショックを受けました。

そこで東大阪をちょっと調べてみました。

結論を簡単に言いますと東大阪は昔と変わらず「下請け工場の街」ですが人口、GDPなど共に縮小気味で
堺市に負けております。

そこで「あの時の活気は・・・」を何となく肌で感じた感覚は数字通りで当たっておりました。

そこからは知り合いの工場さんに東大阪の現状を教えてもらい、紆余曲折もあった中で12社の工場さん他士業さんたちと
“下請けのモノ造り”ではなく“意思のあるモノ創り”をすることになりました。

それが今から約3年前。

しかし、ここからがたいへんでした。

要は完成品の一つひとつのパーツを造る技術は世界屈指の腕があるのですが、製品や商品と言われる完成品の
リテール物はほぼ全滅!

そこには強度などの工学的な計算に基づいた図面がない。
または図面が引けない。(一部では引ける会社もある)

などのモノ創りに関わる根本的な要素が抜けておりました。
東大阪市行政のスローガン等には「ものづくりの街、東大阪市」などのキャッチコピーが踊りますが
東大阪のある会社の社長さんに言われた言葉が印象に残ってます。
「現実はものづくりやなくて加工屋の集まりです。東大阪は!」

そこから、その12社で「じゃぁ、創ってやろうじゃないの!」で始まったのが・・・
「G-SES」(ジー・セス)という「東大阪の本気」をベースに造語としてブランドにしたく名付けました。
「とにかく楽しいモノを創ろう」と、いろいろ見よう見まねで何点か創り始めました。

その中でこのSuper Chairは本気の本気で創られた一品ではないでしょうか!?

とにかく一番苦労したのが・・・
大きくは2か所!
まず一つ目が“シェル”と言われる丸みを帯びた台座の製作!
アルミの叩き出し板金加工による手仕上げ。

そして、加工ではないのですが俗に言うクッション、すなわち座り心地です。
この胆を文字通り支えておりますのが2本のバイク用リアショック!

見た目は男心をクスぐるアイデア感は満点なのですが・・・さて座り心地は如何に!
座ってみたいのですが・・・
セレブの象徴? 螺旋階段をバックに・・・
と、紹介してきました。

さらに「もっと詳しく知りたい」や「他の商品も見たい」と思われた方は是非こちらからG-SESをクリックして頂ければ
G-SESの本気度はもっとご理解いただけるのでは思っております。

さて、やっと退院してからの話しに戻しますが、そもそも乗れるバイクは術後では軽量級に限られる!
となると250ccクラスのCB77、Ducati Mach1、NSU、RT1の4車種。

その中で体調に合わせると一番大人しいDucati Mach1になりますが入院前に、また修理箇所が発覚。
GASタンク左下前寄り(画像のキースイッチ右横)からの滲むようなGAS漏れ。
一応、エポキシ樹脂で応急処置!

応急処置のつもりがいつのまにか「おっ!治ってるやん!」で、けっこうイケてしまうのです。

筆者の十二指腸の修理も「おっ!治ってるやん!」となってれば良いのですが・・・

ではまた。
T-PADDOCK630 T/Tatsumi

2019年9月5日木曜日

『Bike in the sky』#146 ちょっと別荘に・・・

こんにちは。

タイトルを「ちょっと別荘に・・・」としましたがマジで別荘に行ってきたわけではありません。

二つの業界の中では、一つが刑務所!もう一つが政治家がよく使われる病院!

これをどちらの業界も別荘と言い、その後者の別荘に行きました。

別荘からの眺めはなかなかで・・・
早朝5時頃の別荘からの眺めも、こちらもなかなかです。
しかし、こういう場所でお世話になるには条件が必要です。

それは安もんの政治家が使う“仮病”ではないマジの病気が求められます。

以前の記事で「入院の練習をしている様子」と弄られたことがありましたが、ほんまに実践することになるとは。

で、入院することになった病名は?・・・「十二指腸ガン」です。

手術は十二指腸にできたガン細胞を取り除くことですが、ガンそのものより手術の技術にリスクがあると説明を受けます。

今回の手術を月ヶ瀬までの途中の峠に例えるならば(わかる人しか分からない喩えです)

まず胃が円成寺とすると、その円成寺入口前のシケインを抜けて緩い左コーナーに突っ込んで行くと短い直線があり、
そこからさらにググっと切り込むような左コーナーを気持ちよく進むと、その先が土砂崩れで通行不能に
なってしまっているイメージです。

この現場は道の端っこから先に進むことはできても、いつまた土砂が崩れ二次災害に見舞われるかも。
そして、この先は右コーナーになりゴルフ場から先がクネクネ道が続く小腸へと繋がってます。

その十二指腸、胃側の円城寺から小腸側ゴルフ場までの距離は大よそ25mmぐらいです。

簡単に図にすると、こんな感じです。
この図の赤く印された所が憎っくき崩落現場ですが、きっちと今後も崩落が起きないように修復作業するのです。

そこの作業は普通では大型土木の専用車が必要になります。

ところが十二指腸という道は道幅も狭く路肩も緩く大型車では自重で更に道を崩落させてしまうかもな道です。

また柳生方面への生活道路を何日も塞いでしまうことにもなり大型土木車は不可。

要するに内視鏡で胃側から進むか、または小腸側から、ちまちま土砂を運び出して進んでも時間がかかり過ぎる
ということでこれも不可。

よって、腹腔鏡をダイレクト、オヘソ周りの外側5か所から患部に直接投入!
言わば、上空からヘリで直接大量の土砂を運ぶ作戦のようなものです。

結果、その方法で手術に臨み、運び出した土砂ならぬガンの実写画像が・・・
肉腫中央の白い部分がガンだそうです。

手術当日は朝8時30分に手術台に乗せられ30分ほど、準備の様子をライブで眺めておりました。

なかなか見れる機会はないので、きょろきょろ見渡しておりますと麻酔科の先生が口にマスクを当てられ
そのあとは・・・ふにゃふにゃ・・・ふむふむ・・・むにゃむにゃ・・・と意識が・・・

そして、瞼を閉じてから4,5分ほど目覚めた感覚でしたが実は手術室から出てきたのはなんと夕方5時過ぎ。
実に8時間超の大手術!

挙句に筆者の家族たちは執刀医師に「大丈夫ですか?生きてますか?」と詰め寄る始末だったとか!

しかし、現実は筆者が一番たいへんで術後一週間は食事なし!お風呂無し!の修行か!?と思えるほどの苦行です。

その後は、おかげさまで術後の経過も順調に回復しているようです。

そして待望の術後初の食事が・・・
流動食のこれだけ!
ありがたや!ありがたや!

そして翌朝のごはんも・・・
一週間も胃を空にして、いきなり食物を入れると胃がびっくりして気分が悪くなるらしいです。

そして、昼ごはんには、いよいよ普通に近い感じの食事が・・・
ここまでくると、けっこうおいしく頂けます。

ここまで初の「ホスピタルインプレッション」をお送りしてきましたが、
休日にバイクに乗れる、そして「はらへった~!」と思った時に好きなご馳走が食べられる。

ほんまに健康であることが、どれだけ人生を豊かにしてくれるか!?

今回は身をもって・・・この齢になって・・・改めて!

前回のブログ最後を「いよいよ・・・」で締めくくりましたが、本来のいよいよの続きは“Super Chair”でした。

しかし、今号は筆者の都合で大きく内容を変えざるを得ないことお詫びいたします。

次号は退院させて頂いておりましたら本来の記事に戻したいと思いますので楽しみにしてください。

入りたくない別荘から・・・ではまた!
T-PADDOCK630 T/Tatsumi