2024年3月21日木曜日

『Bike in the sky』#379 ヤレ感に!?

先日、久しぶりのお客様が尋ねて来られた

1971年発売のSUZUKI ホッパー50に乗ってお越しだ

この1970年前後は自身にとって、人生で最も楽しかった時代だ

ゆえにその時代のメーカーもHONDAのモンキーを皮切りにレジャーバイクに参入し出した

その四大メーカーのレジャーバイクの一部を先に振り返ってみよう

やはり70年代前後はレジャーバイクの先駆者となるHONDAがブッチギリで多い

その中でも1967年のモンキーZ50Mは別格でIVY(アイビー)ファッション誌とタイアップすることもしばしば

今ではオークションでZ50Mのご先祖様は200万円超えも目にする

そして1969年
ダックスST50

これも当時の友人が乗っていたが、その友人はハンドル操作を誤り道端の汚い川に突っ込んだの覚えている

続いて自身と兄が乗っていた
画像は兄も新車で購入した1970年のモンキーZ50Z

自身は1969年に兄より早く、同じく新車で買ったがマフラーがダウン仕様のZ50Aに乗った

さらに1972年では
HONDA シャリーCF50

つづいて1973年
自身の長男が最寄り駅までの通学の足として中古で買ったノーティダックスCY50

・・・と、70年前後はHONDAだけでも相当な車種がある

HONDAの次となればYAMAHAだが

残念ながらYAMAHAでは自身が知らないバイクで
1973年のジッピィLB50というのがあった

さらに知らないYAMAHAのレジャーバイク
1974年は、70年前後から少し外れるがチャビーLB80というのを見つけた

当時、YAMAHAはレジャーバイクよりDT1に代表されるオフ車に注力していた

続いてSUZUKI

冒頭、来客のホッパー50だが各所に潜むアイデアがSUZUKIらしい

シートにアジャスタブル機構を持ち、さらにガスタンクがポリエチレン製としていた

SUZUKIらしい小ネタの芸を当時から見せていた

そして1971年のホッパー50の次は・・・
1972年、バンバンRV50を出した

このバンバンは自身が当時通っていたジムの仲間が乗っていた

初めて見た時、タイヤの太さにビックリしていたのを思い出す

そしてKAWASAKI
1969年のコヨーテだ

と、さも知っているかのように挙げているが実は存在すら全く知らない

このコヨーテも日本が一気にレジャーバイク市場が拡がったことから急ぎ参入したとされる

KAWASAKIの1970年では
75MT1

KAWASAKIのレジャーバイクは当時、輸出専用ばかりだった

そんな中でパイプ製のバックボーンフレーム、ピストンバルブ、前後アウタースプリング
のサス、後輪はスイングアームと、マジなバイクを感じさせる造り込みだった

そして少々笑えるが、このMT1には「ダイナマイト」の愛称を与えられた

それは70年以前の映画俳優で小林旭の通称「ダイナマイトガイ」に倣ったのか

どちらにしても「ダイナマイト」の愛称は「時代の臭さ」がプンプン臭って笑える

このように70年前後はレジャーバイクに限ってもこれだけ生産されたが、実際はまだまだあるのだ

本題のお客様のホッパー50に戻る
53年前のホッパー50だが、所有者のKit〇さんにいろいろ艱難もあってガスタンクカバーやらシートやらが無くなる災難にも遭われた

だがオークション等でなんとかパーツも見つけられ現状のように回復されたようだ

このホッパーの雰囲気を眺めていると月ヶ瀬にも来るHin〇さんと被ってしまう

その被るところとは、俗に言う「ヤレ感」満載なのだ

各所では
なぜかYAMAHA製のGASキャップ

まぁ~、メーカーは良いとしてカタカナ表記が・・・時代らしくエエやないか

またレアなアイテム?として
右フォークに貼ってある自賠責のステッカー

「昭和60年7月」と36年前・・・確かにレアかも・・・

このお客様のKit〇さんは実は山口県からお越しだった
フロントフェンダーに今では滅多に見ることがない懐かしい「土バッタ」が休んでいた

なんか、この古いヤレたホッパーに馴染んでいるのが、まるでタイムスリップした感じだ

この土バッタ、山口県からついてきたとは思えんが・・・

そんな事よりご訪問の目的はCB72のご相談でお越しだった
(ネット画像を借用)
上画像のヘッドライトケース上部のメーター廻りをトップブリッジと一体成型されたアルミの金具がベルトの様に取り付いている

これは光軸が上下にズレない様にするためなのか、はてさてフォークの剛性を高めるものか・・・は自身は知見を持たない

バラしたトップブリッジは
(ネット画像を借用)
こんな感じでCB72の初期型にしかない装備である

この装備を持つ、たしか1961年製のCB72と言われたがナンバーも当時のままで、なんと大阪の「大1」だったか!?

とにかくお宝級のCBをお持ちなのだ

そのCBを復活させたたいとのことから、この1年少々前にもご相談を受けていた

1年前にお越しの時は「先ずプラグに火が飛ぶか!?」だった

その時もいろいろ自身が知り得る範囲でアドバイスをさせてもらった

それは一先ずクリアして今回は「ガソリンがエンジンに来ているか!?」なのだ

ただ、ガスの件もあるが、その前にキャブレターのフロート室をキャブ本体から外すにも固着してウンともスンともの状態らしい

このCB、それもそのはず50年前から全く手つかずで50年ぶりの復活プロジェクト?らしい

なんかロマンチックやないですかぁ~!

そんなことで約2時間超にも及ぶ楽しい復活談議だったが別の問題もあった

それはKit〇さんは今回、2週間ほどしかこちらに居れないとの事

その後は、また山口県に戻られるとのこと

実はKit〇さんは以前からT-PADDOCK近くに個人で借りておられる住まいがあるのだ

今回はそのお住まいからお越しだった

先のホッパーやCBも、その住居のガレージに保管されているとの事

だが、その住居に滞在しても限られた時間で整備が途中で終われば、そこで作業は中断する

本来ならT-PADDOCK630でお預かりすれば良いのだが・・・

いやいや、国宝級?のCBはさすがに躊躇してしまう

まぁ、そんな依頼事は出なかったので良かったが・・・

そして帰られる時間になって
キック一発でホッパー50のエンジンは元気に掛かった

こんな楽しい時間を過ごしたが自身は人の心配をしている場合ではない

そう!

Vespa Carがまたもや手を焼かせてくれる

後輪のタイヤがパンク状態
どこにも出かけていないのにパンクとは

開けてみた

L型の空気口の根元が経年で亀裂が入っていた

ヤレ感も良いが当方は・・・ヤレヤレだ!

T-PADDOCK630 T/Tatsumi

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