2025年12月25日木曜日

『Bike in the sky』#470 今年も一年間ありがとうございました

2025年も、あと一週間で終わる

毎年、この時期になると想う事だが月日の流れるスピードがまことに速い

そんな年末、今年最後の「月ヶ瀬詣で」になるだろうと先週土曜はW1Sで出向いた
W1の出番は先々週の「二輪旧車倶楽部 あをによし」のバイクミーティングでも参加した

その時のW1は気持ち良く走ってくれたこともあり、今年最後を締めくくるのもW1で終えようと月ヶ瀬に向かった
月ケ瀬に向かう時は必ずと言っていいほど奈良市内の般若寺セブンイレブンで休憩をとる

ここでは早朝のモーニングコーヒーを常として愛飲しているが、別の目的もある

それは般若寺セブンから月ヶ瀬までの道中、木々が生い茂った田舎道が続く

そんな道中で、もしバイクにトラブルが発生した時は対処に難儀をする事がある

それ故、セブンでは休憩も兼ねるが基本は「バイクに不備が無いか」のチェックが欠かせない

特に自身の場合は、前日にバイクの整備を兼ねて各所に手を入れている事が多い

そんな作業で「もしネジの締め方が緩かったら・・・」などのチェックもできる

今年の夏場ではRT1が災難に見舞われたが、セブンで休憩したおかげで大事にはならなかった
(実際は大事だったが一人で対処できたのが幸いだった)

話しを戻して・・・

般若寺セブンから月ヶ瀬までの道中は、バイクの楽しさを味わえる峠も多い

そんな期待をしながら向かったが、ドンドン路面が怪しくなりだした

前日の雨か、早朝の雨か・・・

月ケ瀬に近づくにつれ、路面がベチョベチョでバイクの下周りは泥だらけの汚れ様

自身にとっては今年最後の月ヶ瀬だったが「最後がこれかい!?」と嘆いていた

まぁスリップで転倒とか、そんな事が無かったので良しとしておこう

その着いた月ヶ瀬は・・・
常連ライダーをはじめ、上画像左に写る大東市組の二人も交え10台少々が集まってきた

会話は相変わらず稚拙な話題で盛り上がる
と言っても月ケ瀬ライダーは企業の管理職や技術者も多い

その職場の反動だろうか、毎回アホな話題でストレスを発散しているように映る

今年最後の話題は「年末の忘年会」だった

さらに、二次会の「カラオケに行くのか?行かんのか?」が議題だった

自身も「行きたいなぁ・・・」とは思っていたが、もう歳で夜の遅いのはキツくなっている

年寄りは家人と韓流ドラマでも観て過ごすのが無難だろう

そして月ヶ瀬から自身はガレージに引き上げW1の掃除とメンテにかかる
W1の下回りは路面の雨水のハネで泥だらけになっていたが、ちょうど年末の大掃除と思えば苦ではなくなる

そして、ついでにプラグも診ておこうと・・・
「お~!ボチボチの焼け具合やの~」ではなく・・・

上画像は数週間前の画像だが今回、戻ってプラグを診るとなんと真っ黒けに煤けていた

そのショックで真っ黒な写真を撮り忘れていた

で、プラグ先端を掃除し電極の火花を確認する

なんと、左右共に火花が「飛んでる?」「飛んでない?」と、消灯して見ても確認できないほどの弱い火花だった

「あれほど快調に走ってたのに、なんでやねん!」と、まったく解せない

「まさかコイルかっ!?」と疑うが、コイルが不良であれば月ヶ瀬からの快調な走りはあり得ない

エンジンの回転も不良になるだろうし、アクセルを捻ってもレスポンスは落ちていただろう

そこでストックしていた外品のW1用コイルに換えて念の為、確認してみることに・・・
そもそも上画像の外品コイル

数年前には使っていたコイルだが「なぜ、ノーマルコイルに戻したのか?」

よくよく思い出そうとしたが、まったく記憶が飛んで思い出せない

どちらにしても、取り付ければわかるだろう・・・と!

だが、外品コイルのボディにはブレーカーから来る1次線の+-表記がない

よって「う~ん、テスターで抵抗値だったか!?」「それを計測すれば・・・」

そんな電気系が大嫌いな自身の年末は「夢でうなされそうな・・・」最悪になりそうだ

だが、こんな事も平和に一年を過ごせた証しとして感謝しなければならない

来たる2026年も平和な日々を過ごせるよう願いたい

T-PADDOCK630 T/Tatsumi

2025年12月18日木曜日

『Bike in the sky』#469 旧車と旧人の関わり

今年も、あと半月足らずで終わりを迎えようとしている

その年末にガレージのバイクを眺めていると、得も言われぬ寂しさが込み上げてきた
年が明けて2026年になると、このバイク達もどこかに嫁がせなくてはならない

予定では、あと半年は大切に乗ってあげようとは思っている

数年前には20台ほどと、一緒に暮らしていたバイクも今や6台

その現在も同居しているバイク6台の内、3台は自身が免許を取って真っ先に乗ったのと同じバイクだ

高校生の頃、二輪免許を取得して先ず買ったのが大阪市内のバイク屋街「まっちゃ街」にて中古のCB72

たしか7万円ほどだったのを覚えている

そのCBを楽しく乗ったその後、下取りに出して次に乗ったのが新車の初代DT1

そのDT1の次に来たのがシングルキャブの中古のW1だった

そのW1は近所のお医者さんが「もう乗らんから・・・」という事で格安で譲ってもらった

そんな青春時代から社会人になって、バイクからは離れた

ところが30歳で起業し、7年ほど経った頃だ

経営も安定してきた時に街頭でCB750を見かけた時だった

「乗りてぇ~!」と、一気にバイク熱が沸沸と沸き上がったのを覚えている

そして、バイク復活の先方としてBSAに乗ることになるが・・・
このBSA購入には実は裏話もある

それは自身の高校生時代の友人が英車の中古バイクを扱う仕事を始めたのがキッカケだった

その友人は、とにかくフットワークが軽く、当時ではあり得ない行動に出る

友人の行動とはトライアンフやBSAの中古を買い付けに「渡英」し、数台を仕入れてきた

ここで、その買い付け資金や英国のどこに行けば良いのか、また英語は話せたのか?

などなど、疑問は絶えることは無かったが友人はやり遂げた

そして、その仕入れたバイクの最初の客が自身になってしまったという事だ

で、「おまえW乗ってたんやからBSAを買うてくれや!?」

と、半ば押し売り状態で買わされたのが上述のBSAだ!

ところが、そのBSAは故障が多すぎ、また自身も仕事が忙し過ぎて修理などは全く出来る状態ではなかった

で、BSAを友人の知り合いのバイク屋に下取りで出し、次に来たのがW1Sだった

まぁ時代的には旧車ブームが起きる手前だったが、BSA売却では損が無かったのが救いだ

そこからは、さほど間が空かず次に・・・CB72ではなく上級版のCB77

続いてDT1に変り兄貴分のRT1と・・・ガレージ内は3台になっていた

そんな昔を思い返していると今、ガレージにて同居してるのが青春を共にしたバイク達だった

だが、センチメンタルになっても手放さなくてはならない

その背景には自身の認知機能の衰えと体力の低下が容赦なく訪れている

そんな話は先週土曜の月ヶ瀬でも・・・
先週土曜はグッと冷え込んだ気候だったが、コアなメンバーは元気だ

だが、最近の話題は体力の事もあるが、やはり物忘れなどの話しも出るようになった

徐々に月ヶ瀬も「老人ライダーの憩いの場」に、なりそうな予感もするが・・・

その老人になった自身はこの日、寒過ぎてバイクに乗る気がおきずBeckで来た
だが、この寒空をオープンで来たのは褒めてやりたいと思っている

そのBeck!

昨日から、また入院をしている

最近、フロントの足回りに異常が出だし走行に若干の支障を感じるようになってきた

よって主治医がいる「S&C」にショック交換及びブレーキ周りやFアライメント等のオーバーホール依頼した

その今、この記事を書いているところに「S&C」の主治医から電話が入った

「おまたせしました!Beckが仕上りました!」

さて、これから引取りに行ってくるが期待した状態になっているのか!?

では、いってきます!

T-PADDOCK630 T/Tatsumi

2025年12月11日木曜日

『Bike in the sky』#468 ガレージ退去に纏わる声

今年、最後のイベントに行ってきた

そのイベントは、奈良の田原本町にある「唐古遺跡」横の駐車場で行われた
「二輪旧車倶楽部 あをによし」が主催者とした旧車のイベント

その開催としては、まだ5回目ほどの後発の集まりだ

そのイベントには自身はW1Sで出向いたが、キャブをFCRに変更後テスト走行が不十分だった

よって、その前日の土曜日、早朝の7時

近くのコメダ珈琲までW1でテスト走行を兼ね出向いた
このコメダ珈琲では月に1回か、ふた月に1回のペースで東大阪の町工場さんとミーティングをしている

そのミーティングの前身は「G-SES(ジーセス)」と名付けた数年前に立ち上げたモノ創り集団があった

だが自身も含めメンバーの気合が足りず、モノ創りは頓挫してしまった

その名残で、切削加工の工場を営む社長と「モノづくりの発想」についてコメダ珈琲で語り合っている

その日はコメダまでの往復10Kmぐらいだろうか、短い距離のテスト走行だったがW1はまずまずの仕上り

その走りの確認した明くる日の日曜はW1で月ヶ瀬に向かい、伊賀の2〇さんと待ち合わせ
2〇さんはピカピカに磨き上げられたCB750でやって来た

その月ヶ瀬には地味な?名車がいた
1970年代後半に発売されたYAMAHAのXT500

XT500はオフロード界に一大ムーブメントを巻き起こしたYAMAHA DT-1の後継車?とされた

だがヤマハの開発陣は、その500cc単気筒エンジンの使い道をロードバイクに向けたのだ

それが、後の超ベストセラーになる「SR500」なのだ(この記述は少々怪しいが・・・)

自身も一度、昔の仲間が乗っていたXT500に試乗をさせて貰ったが、とにかく「馬鹿っぱや」の印象が残っている

そして時は9時40分頃になり2〇さんとIshi〇さん、さらに月ヶ瀬信者のMiya〇さんも緊急参加で会場の唐古遺跡に向かった

月ケ瀬から名阪国道へ入り24号線までは先導をMiya〇さんが勤めたが、Miya〇さんのバイクは軽量級のSDRだ

名阪国道に入るとSDRは飛ばす!飛ばす!

2番手は自身のW1Sだが、W1は時速が100Km/hを超えるとハンドルを握る手の平は振動で強烈なマッサージを受けているようで痺れてくる

よって100Km/hそこそこのW1はSDRからは引き離されたが、問題なくW1は快調に走った

ただ自身の後を走るCB750の2〇さんとBuellのIshi〇さんは「爺さん、もっと早よ走ってや!」と思っていただろう

そして24号線に入ったところでMiya〇さんのSDRがエンジン不調?か、飛ばし過ぎのオーバーヒートか・・・

信号待ちで止まってしまった

幸い数分のキックの踏み続けでエンジンは目覚めたが、調子が良いのか?悪いのか?

アイドリングが安定していない事から「まぁ良くはないだろう!」

そして会場に到着

参加車総数で50台ぐらいは、いたのだろうか!?

旧車のイベントとしては小振りな集まりだが、旧車を越えた面白味のあるバイクが多い

そんな中で自身が観たトップ賞は・・・(Ishi〇氏も同感)
スクーターの「ラビット」だと思うが外観にエイジングを掛け、ローダウン化してワイルド感を出し・・・

また
チェンジも昔のトラックなどにあったレバー状のステッキシフトと、なかなかのセンスだ

ボディの塗装を落とすにも、全てを落とすのではなく部分的に残す手法はセンスも求められる

仕上げはクリア塗装で再度、サビが起きない様に保護している

続いて目を引いたのが・・・
1967年発売のSUZUKI スクランブラー TC200

前後のタイヤをオフロード用に替え、ヤレ感と共にムードはあった

ただ個人差もあるが、もう少し綺麗にはして欲しかったが・・・

続いて・・・
このバイクの資料を見つけるのは、たいへんだったが何とか見つけた

1953年のスズキ  ダイアモンドフリーDF

諸元は58cc   2ps   前身2速   最高速60km/h  価格3万8千円

ただ、このバイクはスズキ製だが当時の社名は「鈴木式織機㈱」となっている

ゆえにトヨタと同じで前身は糸を織って生地に仕上げるマシンの製造会社だった

しかし、博物館にて保存していてもおかしくないバイクをお持ちとは感心した

同様に、さらに笑ったバイクもいた
上画像バイクのフロントのブレーキパネルを一目見て車種を判別できれば「通(つー)」だろう

このバイクの発売当時、先にCB750等に装備されたディスクブレーキに対抗して左右両面にツーリーディングを配備したダブルパネル方式を採用した

ただ上画像のブレーキパネルは加工しているようなのでオリジナルかは不明だ

そして車種は・・・

そう!SUZUKIのGT750だ!

ところがだ!よく見るとエンジンが・・・
50ccの原付のエンジンをGT750に載せているではないか!?

750㏄のフレーㇺに50ccのエンジン
だが、簡単に載せているように見えるが、この作業はそう簡単な仕事ではない

特にエンジンと後輪を繋ぐドライブチェーンの「センター出し」は、キチっと合わせないと走行中、チェーンが外れスイングアームなどに巻き込まれロックしてしまう危険がある

この所有者は、今回のイベント主催者である

よって、その整備技術は慣れておられるのだろう

その証しに・・・
ちゃんと原付のナンバープレートで登録されていた

他にも珍しいバイクはあったが、馴染みの方達の談笑ですっかり写真撮りを忘れていた

ただ、このイベントに月ケ瀬ライダーのハッちゃんとOka〇さんも初めて見学に来ていた

次回、会った時には今回のイベントの感想を聞いてみたいものだ

そして話題は変わり昨日の水曜日、T-PADDOCK630に珍しい方がお越しになった
もう一年以上、お目にかかっていない「バイクに乗らないライダー」のNag〇さんだ

まぁ綺麗にT-PADDOCKガレージに縦列駐車
Nag〇さんとは京都南丹市の日吉ダムで毎年開催される「古き二輪を愛でる会」の近くの道の駅?で偶然お会いしたのが始まりだ

自身はこの「愛でる会」には30年以上前、昔の京都競馬場?近くの教習所?だったか?

そこで開催された超初期頃から参加させてもらっていた

その時から年々参加バイクが増え続けた事から現在の日吉ダムそばの広い敷地に移った

そして今から10年ほど以上前だろうか、自身もNSUで参加した時があった

ただ、NSUで日吉ダムまで自走で行くのは乗車ポジションが前傾の為、自身の首が悲鳴を上げるのが予測された

よってバンに車載で会場近くの道の駅駐車場まで行き、そこでNSUを下し、そこから10分ほどの会場に向かって参加していた

その「愛でる会」のイベントから引き上げたNSUを上述の駐車場で積み込んでいる最中

「え~、このバイク、なんてバイクですか?」と、どこかの「大会社の偉いさん」の様な雰囲気の方が声を掛けてきた

それが今回の客人、Nag〇さんとの出会いだった

そんな話をはじめ、お互いの身体の事や老後の過ごし方や多岐にわたる話で3時間超の楽しい時間を過ごすことができた

そしてNag〇さんも現在、断捨離中で趣味の釣り道具やカメラや、その他もろもろを片付けられている

そこで「タツミさん、あと1年半でガレージ売るってほんま?」と聞かれてきた

「うん!ほんまですよ!」と返すと・・・

「バイクなしで我慢できるん?」と、さらに突っ込んでこられ・・・

「いやいや!これ以上バイク乗り続けると危ないんですわ!」などなど主意を伝えた

まぁNag〇さんはじめ多数の方に自身の老後をご心配頂いている

そんな事で自身の老後を自身で想像すると、なんだか不安になってきた

「いやいや!いかん!いかん!」

「男なら二の句を吐いてはいかん!」

「うん?二の句の使い方を間違っている?」

やっぱりガレージは売却した方がよさそうだ!

T-PADDOCK630 T/Tatsumi

2025年12月4日木曜日

『Bike in the sky』#467 1970年頃は熱いねぇ~

2025年の今年も、あとひと月で終わろうとしている

その月日が流れるのは年々速く感じる

歳のせいだろうか!?

そんな事を感じる一つに毎週、セワしなく出かける「月ケ瀬詣で」がある

また毎週、綴っている「Bike in the sky」のブログも同様にセワしない

まぁ、この歳になってもセワしないのは充実している証と言えよう

で、その月ヶ瀬の先週の様子

日曜日だ!

この日は常連のライダーが、珍しくクルマで来ているではないか!?
だが、ただのクルマではない

ニッサンの3代目、32型GT-Rだ

ほぼほぼノーマルなのが、今となっては逆に価値が高いだろう

GT-Rは乗り物好きなら、だれもが知る名車だ

GT-Rの系譜は日産と合併前のプリンス時代にまでさかのぼる

自身がまだ高校生だった1968年頃だったか、ウェーバー製3連キャブを纏ったプリンススカイラインのGT-54Bが発表された

当時は、あまりにもパワー(たしか145ps)が大き過ぎることからシングルキャブのGT-54Aも同時発売

そのAとBの外観の違いは、フロントフェンダーサイドのバッジの色が、Aが紺、Bが赤だけの違いだった
「憧れたなぁ~」と、いまでも懐かしく青春時代が蘇ってくる

そして初代Rの呼称を授けられたのが・・・
GT-Rの呼称としては初代になるが、マジの初代は4枚ドアのセダンで型式がPGC10になる

上画像は2ドアの後期型で型式がKPGC10とされていた

だが、このGC辺りのRとなると今の市場での相場は2000万から3000万とか・・・

今回、月ヶ瀬に乗って来られた32型Rでも700万から800万だとか・・・

どちらにしても名車と言われる旧車の高値は、まだまだ続きそうだ

話しを月ヶ瀬に戻して・・・

当日は、もう一台クルマで来たライダーがいた
先出の3代目GT-Rと同年の1989年に初代が発売されたマツダのユーノスロードスター

その4代目ロードスター

1989年と言えば日本は「バブル景気」が終わった年で、ここから日本経済は暗黒の時代に入る

しかし時が流れ4代目ロードスターは発売の翌年、販売台数は10万台の販売記録を叩き出した
ただ10万台と言っても2人乗りスポーツカーで10万台は大ヒットだ

ただ、その10万台は海外販売も含めての話だ

そんな月ヶ瀬に自身は・・・
1968年頃、世界のオフロード業界に衝撃を与えた250cc、YAMAHAのDT-1

そのDT-1の初期型をガソリンスタンドのバイトで購入した思い出がある

DT-1の初期型は点火時期が固定である為、始動時、キックを踏む位置を間違えると強烈なケッチンを喰らって大けがすることもあった

そんなDT-1の思い出を抱いた兄貴分にあたる360ccのRT-1で参上だ

日本は1970年頃から生活スタイルや工業製品に至るまで、デザイン始め性能面や機能面とあらゆる点で世界に衝撃を与えた

そんな時代に青春を過ごせた自身は幸せ者かもしれない

だが、このRT-1を手に入れた30年近く前には日本の工業製品は全社、同質化し面白みに欠けていた様に感じていた(偏見も入っているかも)

よって個性創造から自身のRT-1はヴィンテージなアメリカン風のカラーリングにした

そこから長きに渡り快調にRT-1は走っていたが今夏の猛暑でオーバーヒート寸前になった

そして4カ月半が過ぎた先日、RT-1で月ヶ瀬に乗り出したが快調に走ることができた

到着するなり先着していたオフ車好きのIno〇さんが興味を持ってくれたようだ

自身は「欲しかったら、いつでも譲るよ!」と言った

Ino〇さんは「え~手が出ませんわ!」

自身は価格を言っていないのに・・・(バーゲンプライスなんやけどなぁ~)

また、ほどなくして・・・
ハスクバーナにてTog〇さんがやってきた

このバイクも珍しいバイクだが、Tog〇さんの所有する乗り物は全てにおいて珍しい

だが久々ゆえか、冷却水がエンジンの各所から漏れていた

Tog〇さんは「やっぱり造りが雑やね!」と半ば呆れたように語っていた

そしてガレージに戻った自身はノーマルのキャブレターで調子を崩していたW1の修理作業

W1は長きに渡りFCRキャブで乗っていた

だがワイヤーが伸びたのか、又はオーバーホールを必要としていたのか

そんな事もあり2年ほど前、ノーマルキャブに戻して乗っていた

その当初は問題もなく、若干のパンチの無さはあったものの普通に乗っていた

ところが最近、アイドリングが全く効かなくなりW1の低速の快感が消えてしまていた

ノーマルキャブを山之内キャブレターさんにてオーバーホールを、とも考えたが残存年数を鑑みると費用対効果が合わない

そんなセコイ、自身の悪い癖がまた出てきた

「同じオーバーホールをするなら・・・」というわけで年式が若いFCRキャブを選択

一先ずノーマルキャブを外して

FCRキャブ内部をオーバーホール後、W1にセット
構造は複雑だが各部の精度が高いため、気持ち良く取付られる

そしてワイヤーの取付
久々に取り付けたがFCRキャブの「戻しワイヤー」が、ほぼ新品だったの忘れていた

この時点でFCRからノーマルキャブに戻した経緯を思い出した

要はアクセルオフにした時、回転の落ち方が鈍かったの思い出したという事だ

今回は、そこを踏まえて引き側、戻し側のワイヤー調整にかける

続いてガスホースを繋ぎ・・・

点滴キットを使いガソリンを入れてエンジンをかける
少しトラブルはあったが、エンジンはさっと目覚めた

やや苦労したのは左右の同調だったが、まぁなんとかマフラーからの排圧はクリア

そしてGASタンクをつけ、キャブのワイヤーなどの弛みもとり、近所をテスト走行

W1はエンジンが「丈夫」「強い」などなど言われるが少々セッティングが崩れていても、ある程度普通に走ってくれる

それではFCRを着けている意味がないのでシビアなセッティングを意識している

そんな事情で、ここまでのセッティングは80%ぐらいの仕上りだろう

あと、もう少し煮詰めて完了したい
さぁ~て、ちゃんと走ってくれるのかなぁ!?

おまえも、あと1年半、元気に走ってよ!

T-PADDOCK630 T/Tatsumi