こんにちは。
GWもいよいよ終わりですが、私はバイク三昧の日々を過ごしておりました。
その三昧の昨日は、凄腕バイク屋主催の「焼肉ツーリング」に行って参りました。
場所は和歌山県、九度山の丹生川(にゅうがわ)の河原です。
高野山に近いところで、本日は快晴!気温も20℃超えくらいで最高の焼肉日和でした。
上の画像が丹生川の茶屋横の駐車場に到着したところで、本日の走行距離は自宅往復で約180㎞!よう走りました!
その往きの道中!
市内から高野山方向に向かって行くと景色は田舎の田園風景に!
そしてドンドン山道に入っていくと、カーブ連続の国道310号線の峠道!
なかなか、面白い峠道と思って山ん中の左カーブのブラインド状態から抜けたかなと思った先!
メチャ危ないとこに2台のバイクがガードレール側に寄せて止まっておりました。
その2台のバイク!
以前、『Bike in the sky』# 8 「月ヶ瀬にはひょっとして経済効果が・・・」の記事にご登場いただきました大阪が誇る
世界一のカスタムバイクアーティスト!
TAVAXの田端さんとその弟子?磯田さんのKAWASAKI Super Special Zの2台でした。
カーブを回ったところで「えっ!なんでこんな所におるん?」
こんな山奥で、あり得ない出会いでした。
私もバイクから降りて事情を聞くと、「先生のバイクが突然、止まってん!」とのこと!
電気系のトラブルでバッテリーの不具合かも!?と言う事でした。
しかし、そのバッテリーをチェックするにもバッテリーが収まっているリアカウルを外す“HEX(六角レンチ)”が無いとの事!
そこで、私の応急用車載工具の中にあるかも・・・と探したのですが・・・残念!
HEX以外はあったのですが・・・ご期待に添う事は出来ませんでした。
今後はHEXも車載しておきます。
あとで、聞いたのですが原因はバッテリーがダウンしたとの事!
結局、レスキューに頼まれたのか、無事には戻られたのことでした。
しかし、こんな山奥でいつも月ヶ瀬で遊んで頂いてる方達と会うと、「やっぱりバイクは楽しいな」と感じる瞬間でした!
で話しを戻します。
ここから先に行った焼肉ツーリングのメンバーを追っかけて走ることに!
そして、こちらも無事に合流!
11時半ごろから3班に分けて晴天下での焼肉です!
今回は約20名程の参加で、私は写真のオッチャン連中の班でしたが、旧車や今のクルマのことやら仕事の話しやら・・・
いつも同じような話なのですが、やはりいつも楽しいのには変わりはありませんでした。
そんな本日のメンバーのバイク&クルマ?です。
YAMAHAの1971年発売、XS650E!
タンクやテールレンズ、サイドカバーのエンブレム等は1975年発売のTX650のモノを流用されてレストアを掛けられたバイクです。
当「T‐PADDOCK630」の地味なXSと比べられると、それぞれの個性が出ているように感じます。
そして、
ハンターカブ!
続いてW1S、W3などなど・・・
そして
YAMAHAのSR改!
このバイクも息が長ぐ、たしか初年度発売は1978年と38年の時を経ても基本スタイルは今もそのまま生産?をされてるバイクです!
そしてカスタムパーツがエンジン関係、外装関係と豊富で写真の様に楽しいバイクが造れることも人気の一つかもです。
また、SRを卒業されたライダーの半数以上が旧車に入って来られます。
その時のチョイスが国産派と英車派に二分され国産派は、W を筆頭にいろいろあるのですが英車派は
先ず最初、圧倒的に1960年代のトライアンフに向かわれます。
そのどちらが良い悪いではないですが・・・
そんなことから、このSRは言わば旧車への入門編のバイクの様に感じないでもないですね!?
そして
今や旧クルマ!
SUZUKI ジムニー!3気筒の2ストです!
色もマットのアーミーグリーン!ドアなしのサイドバー仕様(ポリさんに止められんのかな!?)
本日はお友達とご一緒でした。いつもはバイクで参加でしたが久しぶりにお会いしたら・・・
けっこうヤレてる(錆びて床がちょこちょこ穴が開いて地面が見える)ジムニーでしたが・・・
「楽しそう!」の一言でした!
と、5月5日の子供の日の様子ですが・・・しかし、
「子供の日にエエおっさんが子供になってはしゃいで、どないすんねん!」
って聞こえてきそうなGWでした。
そして、この記事を書いておりました今日、私の携帯が鳴りました・・・・
「あの~、サイトを拝見して、そちらのXSを見せてもらいたいのですが・・・」
私のところから350㎞以上のところにお住いの方のお電話でした。
「ありがとうございます。是非、おこしください。」 to be continued
T‐PADDOCK630 T/Tatsumi
2016年5月6日金曜日
2016年5月4日水曜日
『Bike in the sky』#34 GWの様子・・・2nd period
こんにちは。
GWも中盤を過ぎました。
その中で5月1日、「West W1 Meeting」が三重県、“道の駅阿山”横の駐車場で行われました。
私もW1Sを所有しておることから、十数年以上、タイミングが合えば参加させて頂いてます。
今回はその様子を少しだけお届けしますが・・・まず、
その前に当ブログの中で、ご紹介させて頂いておりますバイクの諸元の記載に間違いがありました。
よって、お詫びと訂正をさせて頂きます。
その記載記事は『Bike in the sky』#24 「いよいよシーズン開幕だ!」の中のバイク!
aprilia RSV4!についてのくだりです。
「量産型バイクで初のV型4気筒をコンパクトなフレームに載せ・・・」と記述しておりますが
正確には 「量産型バイクで初のシリンダーのVバンク角65°のV型4気筒を・・・」というのが正しい表現で
“シリンダーのVバンク角65°”が抜けておりました。
また余談ですが、量産型バイクでのV型4気筒は30年以上も前に既にHONDAからVF400F、
そして、VF750 SABREで販売されております。
さらにバイクでの初のV型4気筒となれば量産型ではありませんが1950年後半頃のDUCATIの
「アポロ」というのがありました。僅か2台の生産であったそうです。
という事で正確な記載を怠っていました事をお詫びして訂正いたします。
申し訳ありませんでした。
この情報は当ブログを読んで頂いております読者さんからのご連絡で分かったという次第です。
その読者さんには「助かりました。ありがとうございました。」と、再度この記事にてお礼を申し上げます。
他にも、記載ミスがひょっとして、まだまだあるかも分かりませんがお気づきなられましたら
ご遠慮なくお知らせ頂けましたら幸いです。
記事にする際、ミスが無いようにと気を配っておりますが、今後もこのようなご指摘を頂かないよう気をつけて参りますので
よろしくお願いいたします。
さて、前置きが長くなりましたが「West W1 Meeting」の様子です。
この「West W1 Meeting」は毎年、春と秋のバイクに乗るには、一番気持ちの良い時期に行われます。
20年以上前くらいだったと思いますが、「West W1 Meeting」と呼ばれる以前は奈良のW1愛好家のTさんとOさん達が近畿圏内の
W1愛好家に“別冊モーターサイクリスト”という月刊雑誌の掲示板を通じて声を掛けられ、その第1回目に参加させて頂いたのが
私と、この会との出会いです。
そこから10年ぐらい経った頃と思いますが中京圏内のW1愛好家と合体することになったようです。
そして呼称を「West W1 Meeting」として再出発となり、大阪から100㎞、名古屋から100㎞の距離を中間あたりとして、
この伊賀に近い阿山が常会場になったようです。
また、上の写真の様に基本の参加車両はKAWASAKIの“W”というのが前提になってます。
年式やタイプが違うってことはありますが“W”という同一車種が50台以上整然と並べられますと、やはり壮観の一言に尽きます。
Wには大きく3タイプがあります。
初期型は1966年に、それ以前より生産されたおりましたメグロ製作所の500㏄、K2をベースに
624㏄にボアアップをして、シングルキャブ、47馬力で国内デビュー!
その次の型が1968年。既に輸出向けに発売されてたW2SSをW1Sとして国内販売の開始!
W1SはW1のシリンダーを改良しツインキャブとして53馬力に出力を向上させていました。
1971年になると上の写真の手前から2台目の赤黒ツートンのガスタンク装着のW1SAという
W1Sのマイナーチェンジ版が発売されます。
この時代になりますとCB750の登場でWは販売にも陰りが出始めていました。
KAWASAKIとしては後に国内でCB750を脅かすZⅡ登場までの中継ぎとして「右チェンジ・左ブレーキ」のWを
一般的なシフトの「右ブレーキ・左チェンジ」へ、かっての英車に倣ったこだわりを捨て若年層に向けてマイナーチェンジをしました。
それが功を奏し、このW1SAはけっこうヒットしたという歴史があります。
それから同じく上の写真、前から3台目のワイン黒のツートンの1974年発売の650RS(通称W3)へと引き継がれていきます。
先ほどのW1SAのプチカスタム車!
画像の様に右足ブレーキ、そしてメッキタンクやメーター周りのカスタム!
そして、国内販売の3タイプ以外にも1969年発売、珍しい2台の輸出用W2TTが来ていました。
(W2SSのアップマフラー仕様)
特に写真の後期型W2TTのフロントフォークに付けられてます丸いエンブレム(イギリスのバイクは、ここに丸い車検証を入れて表示していた)
そこにVAN・jac(ヴァン・ジャケット)のステッカーのようなモノを入れられており懐かしく感じてました。
このVANはアメリカの大学生がキャンパスで着ていたウェアをスタイル化し、IVY(アイビー)
(VAN創業者の石津謙介氏の命名と言われている)ファッションとして日本に広め大ブレイクしました。
団塊世代御用達の伝説のアパレルメーカーの“三つ文字”です。
そして、W1Sのサイドカー!
サイドカーのWはたまに見かけるのですが、このWサイドカーはすごくお金のかかったWです。
それは本体車両のフロントフォークがBMWのR69Sに見受けられる“アールズフォーク”タイプになっています。
たぶんワンオフで製作されたと思いますがサイドカー装着による剛性不足を補う本格的なサイドカー仕様です。
そして、W以外にこんなバイクも・・・
イギリスのトライアンフ!
日本では昔からトライアンフは人気車で、車種もいろんなモノがあり、このトラはエンジンの大きさとキャブがシングルというあたりで
T110(タイガーワンテン)では?と思います。
という感じで今回の「West W1 Meeting」のリポートでした。
この春の「West W1 Meeting」では浜松W1クラブさん?だった思いますがWの欠品パーツを造られて
新品パーツとして販売もしていただいております。
W愛好家には非常に助かる集いである事も確かなところです。
私も都度都度、必要パーツを買い求めております。
今回は初期型W1のメーターダンパーゴムとバッテリーターミナルの+側キャップゴム、ガバナースプリングなどを購入しました。締めて¥3,600!
こういうパーツは他車にも流用できますので重宝します。
そして最後に今回、私のW1Sは検切れってことでXSでの参加でした。
それでもW1愛好家の方には快く?迎えて頂き感謝です。
おまけに「このXS、色がいいですねぇ~!」と皆さんにお褒めを頂き合わせて気分のいい一日でした。
気分の良い私は、調子に乗りまして「このXS,売りに出してますから・・・」と言って当ブログにリンクしてます
「T‐PADDOCK630」のサイトのストアカードを配らせて頂き、しっかり営業活動もさせてもらいました。
こんなご縁で大切に乗って頂ける方に買ってもらえれば幸いと願いつつXSのビッグサウンド響かせながら帰路につきました!
ではまた!
T‐PADDOCK630 T/Tatsumi
GWも中盤を過ぎました。
その中で5月1日、「West W1 Meeting」が三重県、“道の駅阿山”横の駐車場で行われました。
私もW1Sを所有しておることから、十数年以上、タイミングが合えば参加させて頂いてます。
今回はその様子を少しだけお届けしますが・・・まず、
その前に当ブログの中で、ご紹介させて頂いておりますバイクの諸元の記載に間違いがありました。
よって、お詫びと訂正をさせて頂きます。
その記載記事は『Bike in the sky』#24 「いよいよシーズン開幕だ!」の中のバイク!
aprilia RSV4!についてのくだりです。
「量産型バイクで初のV型4気筒をコンパクトなフレームに載せ・・・」と記述しておりますが
正確には 「量産型バイクで初のシリンダーのVバンク角65°のV型4気筒を・・・」というのが正しい表現で
“シリンダーのVバンク角65°”が抜けておりました。
また余談ですが、量産型バイクでのV型4気筒は30年以上も前に既にHONDAからVF400F、
そして、VF750 SABREで販売されております。
さらにバイクでの初のV型4気筒となれば量産型ではありませんが1950年後半頃のDUCATIの
「アポロ」というのがありました。僅か2台の生産であったそうです。
という事で正確な記載を怠っていました事をお詫びして訂正いたします。
申し訳ありませんでした。
この情報は当ブログを読んで頂いております読者さんからのご連絡で分かったという次第です。
その読者さんには「助かりました。ありがとうございました。」と、再度この記事にてお礼を申し上げます。
他にも、記載ミスがひょっとして、まだまだあるかも分かりませんがお気づきなられましたら
ご遠慮なくお知らせ頂けましたら幸いです。
記事にする際、ミスが無いようにと気を配っておりますが、今後もこのようなご指摘を頂かないよう気をつけて参りますので
よろしくお願いいたします。
さて、前置きが長くなりましたが「West W1 Meeting」の様子です。
この「West W1 Meeting」は毎年、春と秋のバイクに乗るには、一番気持ちの良い時期に行われます。
20年以上前くらいだったと思いますが、「West W1 Meeting」と呼ばれる以前は奈良のW1愛好家のTさんとOさん達が近畿圏内の
W1愛好家に“別冊モーターサイクリスト”という月刊雑誌の掲示板を通じて声を掛けられ、その第1回目に参加させて頂いたのが
私と、この会との出会いです。
そこから10年ぐらい経った頃と思いますが中京圏内のW1愛好家と合体することになったようです。
そして呼称を「West W1 Meeting」として再出発となり、大阪から100㎞、名古屋から100㎞の距離を中間あたりとして、
この伊賀に近い阿山が常会場になったようです。
また、上の写真の様に基本の参加車両はKAWASAKIの“W”というのが前提になってます。
年式やタイプが違うってことはありますが“W”という同一車種が50台以上整然と並べられますと、やはり壮観の一言に尽きます。
Wには大きく3タイプがあります。
初期型は1966年に、それ以前より生産されたおりましたメグロ製作所の500㏄、K2をベースに
624㏄にボアアップをして、シングルキャブ、47馬力で国内デビュー!
その次の型が1968年。既に輸出向けに発売されてたW2SSをW1Sとして国内販売の開始!
W1SはW1のシリンダーを改良しツインキャブとして53馬力に出力を向上させていました。
1971年になると上の写真の手前から2台目の赤黒ツートンのガスタンク装着のW1SAという
W1Sのマイナーチェンジ版が発売されます。
この時代になりますとCB750の登場でWは販売にも陰りが出始めていました。
KAWASAKIとしては後に国内でCB750を脅かすZⅡ登場までの中継ぎとして「右チェンジ・左ブレーキ」のWを
一般的なシフトの「右ブレーキ・左チェンジ」へ、かっての英車に倣ったこだわりを捨て若年層に向けてマイナーチェンジをしました。
それが功を奏し、このW1SAはけっこうヒットしたという歴史があります。
それから同じく上の写真、前から3台目のワイン黒のツートンの1974年発売の650RS(通称W3)へと引き継がれていきます。
先ほどのW1SAのプチカスタム車!
画像の様に右足ブレーキ、そしてメッキタンクやメーター周りのカスタム!
そして、国内販売の3タイプ以外にも1969年発売、珍しい2台の輸出用W2TTが来ていました。
(W2SSのアップマフラー仕様)
このW2TTは前期型のメッキタンク仕様!
こちらのW2TTはツートンの塗装仕様の後期型!
どちらにしても、Wの中では希少な車種で、特に左2本出しのマフラーと同小振りのサイドカバーがパーツとしても希少なものです。特に写真の後期型W2TTのフロントフォークに付けられてます丸いエンブレム(イギリスのバイクは、ここに丸い車検証を入れて表示していた)
そこにVAN・jac(ヴァン・ジャケット)のステッカーのようなモノを入れられており懐かしく感じてました。
このVANはアメリカの大学生がキャンパスで着ていたウェアをスタイル化し、IVY(アイビー)
(VAN創業者の石津謙介氏の命名と言われている)ファッションとして日本に広め大ブレイクしました。
団塊世代御用達の伝説のアパレルメーカーの“三つ文字”です。
そして、W1Sのサイドカー!
サイドカーのWはたまに見かけるのですが、このWサイドカーはすごくお金のかかったWです。
それは本体車両のフロントフォークがBMWのR69Sに見受けられる“アールズフォーク”タイプになっています。
たぶんワンオフで製作されたと思いますがサイドカー装着による剛性不足を補う本格的なサイドカー仕様です。
そして、W以外にこんなバイクも・・・
イギリスのトライアンフ!
日本では昔からトライアンフは人気車で、車種もいろんなモノがあり、このトラはエンジンの大きさとキャブがシングルというあたりで
T110(タイガーワンテン)では?と思います。
という感じで今回の「West W1 Meeting」のリポートでした。
この春の「West W1 Meeting」では浜松W1クラブさん?だった思いますがWの欠品パーツを造られて
新品パーツとして販売もしていただいております。
W愛好家には非常に助かる集いである事も確かなところです。
私も都度都度、必要パーツを買い求めております。
今回は初期型W1のメーターダンパーゴムとバッテリーターミナルの+側キャップゴム、ガバナースプリングなどを購入しました。締めて¥3,600!
こういうパーツは他車にも流用できますので重宝します。
そして最後に今回、私のW1Sは検切れってことでXSでの参加でした。
それでもW1愛好家の方には快く?迎えて頂き感謝です。
おまけに「このXS、色がいいですねぇ~!」と皆さんにお褒めを頂き合わせて気分のいい一日でした。
気分の良い私は、調子に乗りまして「このXS,売りに出してますから・・・」と言って当ブログにリンクしてます
「T‐PADDOCK630」のサイトのストアカードを配らせて頂き、しっかり営業活動もさせてもらいました。
こんなご縁で大切に乗って頂ける方に買ってもらえれば幸いと願いつつXSのビッグサウンド響かせながら帰路につきました!
ではまた!
T‐PADDOCK630 T/Tatsumi
2016年5月2日月曜日
『Bike in the sky』#33 GW初日は・・・
こんにちは。
私としましては何もできないのが正直な気持ちです。
そして、このバイク!
なんと高松からお越しで、夜中の12時半に高松を出発。そして下道をひたすら走って来られたとのこと!
このバイクの所有者は世間は狭いもので、私が月ヶ瀬でいつも遊んで頂いてます奈良のSnap onディーラーをされてます
Tさんのお友達で同じくSnap onのディーラー、Kさんでした!
そのKさんとご一緒に来られた方のバイクが
同じくYAMAHAの年式は前後しますが1978年?発売(現行車に限りなく近いでしょうか・・・)のDT125です!
どちらにしても高松から「よ~、お越しです。」
お疲れ様でした。
次のバイクは最初期の発売が1959年!日本のスーパーバイクの草分け!
美しい仕上がりの1965年前後と思いますがHONDA CB77改!
当時、このバイクのtype1は「トップギアで60km以下では走れません」というキャッチコピーで当時のバイカーを煽った話は
有名なところです。
そして会場外ではこんなクルマも・・・
熊本の震災から2週間が過ぎました。
余震がまだまだ続く中でも少しづつ避難場所からご自宅に戻られる方もいらっしゃるようです。
しかし、未だ避難生活を送られる方もいらっしゃるのは、周知の事実であるのですが・・・
私としましては何もできないのが正直な気持ちです。
ただ、毎々同じことを申してますが、やはり元の生活に一刻も早く戻って頂けるようお祈りするぐらいです。
そう言ってます、私が住まいます関西ではGW初日の29日、毎年恒例の旧車バイクの集いがありました。
九州地方にも旧車ファンの方は多数いらっしゃると思いますので、その旧車の集まりの様子をお送りします。
そんな様子をご覧いただいて、少しでも元気の足しにしてもらえましたら幸いです。
その会場は奈良県、旧新庄町の青少年センター裏、少し広い通路のような所で行われました。
その会場の周りは田んぼだらけで、少し肌寒かったのですが、のどかな一日を過ごすことができました。(熊本地方の方には申し訳ありません。)
その会場の様子!
今年の参加車両は100台、もしくはもう少し多いかなってところです。
ただ年々、参加車両が旧車というより現行車に近い年式のバイクも増えて来ており、それに異議はないのですが
旧車と現行車の線引きが難しくなってきている様には感じます。
旧車と現行車の線引きが難しくなってきている様には感じます。
と言いますのも、例えば20年前、30年前と聞けば「古い=旧車」と感じます。
しかし、仮に30年前としても1986年です。
1986年と言えばバイクやクルマ、あるいは電化製品やその他のモノが技術的な進歩によって
壊れなくなってきた、言い換えれば“完成品の域”に入って来た頃です。
別な時代背景でいえば“日本初の携帯電話”と言われたDocomoのMovaが発売された頃です。
そう聞けば旧車の線引きは、ギリギリ1975年まででしょうか!?
私的には1970年までですが・・・
さらに団塊世代のど真ん中の方達は1960年までと言われるでしょう!
という事で今回は1970年前後から、それ以前のバイクの画像をお届けします。
一応、年式の若い順でご覧いただきますが正直、私も良くわからないバイクもありますのでその辺はご了承ください。
まず、手前から1968年発売の世界的にモトクロッサーブームを巻き起こしたYAMAHA DT-1。
そして真ん中の1971年ごろ発売のDT-1の後継車、DT250かな!?
そして真ん中の1971年ごろ発売のDT-1の後継車、DT250かな!?
で、初期の発売が1962年のCB72をベースとした「ストリートスクランブラー」という新たなジャンルを目指したHONDAのCL72か77!
そして、このバイク!
なんと高松からお越しで、夜中の12時半に高松を出発。そして下道をひたすら走って来られたとのこと!
このバイクの所有者は世間は狭いもので、私が月ヶ瀬でいつも遊んで頂いてます奈良のSnap onディーラーをされてます
Tさんのお友達で同じくSnap onのディーラー、Kさんでした!
そのKさんとご一緒に来られた方のバイクが
同じくYAMAHAの年式は前後しますが1978年?発売(現行車に限りなく近いでしょうか・・・)のDT125です!
どちらにしても高松から「よ~、お越しです。」
お疲れ様でした。
次のバイクは最初期の発売が1959年!日本のスーパーバイクの草分け!
美しい仕上がりの1965年前後と思いますがHONDA CB77改!
当時、このバイクのtype1は「トップギアで60km以下では走れません」というキャッチコピーで当時のバイカーを煽った話は
有名なところです。
そして
手前が1966年発売のHONDA リトルホンダP25!
このバイクは女性向けに開発され、フランス映画に登場したり、ビーチボーイズの歌の中にも出てきたりと話題になりしました。
当時の日本の若者がIVY(アイビー)ファッションにどっぷりハマっていた時代です。
この時代から日本のファッションムーブメントが起きたと言っても過言ではないと思います。
その奥のバイク!
言わずと知れたHONDAが世界に誇る「世界一売れているバイク」と言うより「世界一売れてる乗り物」
1958年デビューのHONDA スーパーカブC100です。
この1958年に50ccで4.5馬力というハイパワー!
価格は55,000円と、当時の大卒初任給がまだ2万円には届いてなかったのでは?と思える時代の価格です。
さらに時代を感じさせる乗り物!
現代の街中を走り回っている「国民の足」と言われる原チャ!その御先祖さんです!
3台とも富士重工業のラビットでしょう!?
車種は1959年のラビットスーパーフローS101 D2?
だんだん年式とか車種名が怪しくなってきましたが・・・それなりに思いを馳せてください。
このスクーター!当時としては画期的なチューブレスタイヤを採用しており、パンクが多かった時代の対策だったのでしょう!?
そして次は時代的に1950年から1960年ぐらいの当時の日本の経済成長を裏側で支えていたビジネスバイクたちです。
HONDAのベンリイC92 125cc
初期型はセルなしの1958年発売のC90!
下の画像は
1959年頃?
今は亡き丸正自動車のライラックLS18と思われます。
ドイツのベルグマイスターを手本にしてエンジンを搭載した250cc!
そして2台のメグロ!
1954年?頃のメグロ ジュニアS2かな!?250cc単気筒!
次です。
ここまで来るとさすがに正確にはこのバイクは
どこのバイク?となってきます。
たぶん1959年頃の板垣(株)の
サンライト クインモーペット125㏄でしょう!?
さらに車種を限定させるのにひと苦労です。
1957年製 YAMAHA YC1の175㏄ だと思います。
この古いバイク、実はお若い?女性が乗って来ておられたのです!
いいことです!
そして和製ハーレーこと陸王!

フェンダーとかの外観で判断する範囲で、これは陸王のROかRT?
陸王は1947年ぐらいから1960年までハーレーの国産化として製作されました。
750ccで当時、白バイとしても採用されたりしてたのですが・・・
しかし綺麗にレストアされてバイクも喜んでるでしょう!?
そして次は海外勢です。
イギリス勢、ノートン!
エンジンはノートンですがフレームと足回りは全くの別物!
フレームは何となく“シーリー”では?
とにかくカッコ良かったです。
次はドイツ勢!
1965年前後でしょうか!?
BMWのR69S?R60?
私的には70歳を超えたら是非乗ってみたいバイクです。
そのサイドカー付です!
戻って英車のトライアンフ サンダーバード!
そして私の好きなBSA スピットファイアー
これもひょっとしてBSA?
このバイクは女性向けに開発され、フランス映画に登場したり、ビーチボーイズの歌の中にも出てきたりと話題になりしました。
当時の日本の若者がIVY(アイビー)ファッションにどっぷりハマっていた時代です。
この時代から日本のファッションムーブメントが起きたと言っても過言ではないと思います。
その奥のバイク!
言わずと知れたHONDAが世界に誇る「世界一売れているバイク」と言うより「世界一売れてる乗り物」
1958年デビューのHONDA スーパーカブC100です。
この1958年に50ccで4.5馬力というハイパワー!
価格は55,000円と、当時の大卒初任給がまだ2万円には届いてなかったのでは?と思える時代の価格です。
さらに時代を感じさせる乗り物!
現代の街中を走り回っている「国民の足」と言われる原チャ!その御先祖さんです!
3台とも富士重工業のラビットでしょう!?
車種は1959年のラビットスーパーフローS101 D2?
だんだん年式とか車種名が怪しくなってきましたが・・・それなりに思いを馳せてください。
このスクーター!当時としては画期的なチューブレスタイヤを採用しており、パンクが多かった時代の対策だったのでしょう!?
そして次は時代的に1950年から1960年ぐらいの当時の日本の経済成長を裏側で支えていたビジネスバイクたちです。
HONDAのベンリイC92 125cc
初期型はセルなしの1958年発売のC90!
下の画像は
1959年頃?
今は亡き丸正自動車のライラックLS18と思われます。
ドイツのベルグマイスターを手本にしてエンジンを搭載した250cc!
そして2台のメグロ!
1954年?頃のメグロ ジュニアS2かな!?250cc単気筒!
次です。
ここまで来るとさすがに正確にはこのバイクは
どこのバイク?となってきます。
たぶん1959年頃の板垣(株)の
サンライト クインモーペット125㏄でしょう!?
さらに車種を限定させるのにひと苦労です。
1957年製 YAMAHA YC1の175㏄ だと思います。
この古いバイク、実はお若い?女性が乗って来ておられたのです!
いいことです!
そして和製ハーレーこと陸王!
フェンダーとかの外観で判断する範囲で、これは陸王のROかRT?
陸王は1947年ぐらいから1960年までハーレーの国産化として製作されました。
750ccで当時、白バイとしても採用されたりしてたのですが・・・
しかし綺麗にレストアされてバイクも喜んでるでしょう!?
そして次は海外勢です。
イギリス勢、ノートン!
エンジンはノートンですがフレームと足回りは全くの別物!
フレームは何となく“シーリー”では?
とにかくカッコ良かったです。
次はドイツ勢!
1965年前後でしょうか!?
BMWのR69S?R60?
私的には70歳を超えたら是非乗ってみたいバイクです。
そのサイドカー付です!
戻って英車のトライアンフ サンダーバード!
そして私の好きなBSA スピットファイアー
これもひょっとしてBSA?
そして会場外ではこんなクルマも・・・
アメ車のワゴン!
私的にフェラーリよりも是非、欲しいクルマです!
そして
1972~3年ころのセリカ・LB
フェンダーミラーが大変懐かしいクルマです!
と、まだまだご紹介しきれないバイクがあったのですが今回は旧車と言われる年式に拘って掲載しました。
旧車はけっして早く走れません。乗り心地もけっして良くはありません。
しかし何故、そんな旧車に人は惹かれるのでしょうか!?
答えを求めて乗るものではないと思いますが・・・
やはり、五感で感じれるバイクと人的な会話ができる乗り物なのだからでしょうか!?
さらに、会話をしながら「その何か・・・」的なモノを見つけたいと思います。
T‐PADDOCK630 T/Tatsumi
私的にフェラーリよりも是非、欲しいクルマです!
そして
1972~3年ころのセリカ・LB
フェンダーミラーが大変懐かしいクルマです!
と、まだまだご紹介しきれないバイクがあったのですが今回は旧車と言われる年式に拘って掲載しました。
旧車はけっして早く走れません。乗り心地もけっして良くはありません。
しかし何故、そんな旧車に人は惹かれるのでしょうか!?
答えを求めて乗るものではないと思いますが・・・
やはり、五感で感じれるバイクと人的な会話ができる乗り物なのだからでしょうか!?
さらに、会話をしながら「その何か・・・」的なモノを見つけたいと思います。
T‐PADDOCK630 T/Tatsumi
2016年4月24日日曜日
『Bike in the sky』#32 今週は気持ちも・・・
こんにちは。
熊本の大地震から早、10日が経ちました。
未だ、行方不明の方がおられたり、避難生活を余儀なくされておられる方がいらっしゃったりと
報道を見ていますと先週から私も今一つ、気乗りのしない毎日でした。
何もできない自分にできることは、まず浮かれた様な事を自重するぐらいでしょうか・・・
ということで今週はあまりブログネタはありません。
なので先週の続きネタを少々!
先週の旧車談の最後の「車種は不明なスクーター・・・」というのがありましたが、そのブログを読んで頂いた方がそのスクーターの車種名を調べてくださいました。
このスクーターです!
車名の「アリエル、リーダー」と教えて頂いた方は前回、当ブログにご登場のHさんです。
Hさん!ありがとうございました。
昨日、いつものバイク屋に頼んでましたパーツを取りに行った際、そのスクーターの前カウルに下の写真の通り「leader」とエンブレムがありました。
アリエルというメーカー名の文字はありませんが確認はできました。
しかし、Hさん!よう調べられましたね!?ビックリです。
そして、昨日は「T‐PADDOCK630」のステッカーの追加生産の為、発注に行ってきましたが予定通り新たに3色追加で発注しました。
今までの2色は月ヶ瀬信者様にも喜んで頂いて皆さんのバイクに貼って頂いております。
その信者さんの中で、昨日の月ヶ瀬!
絶対、当ブログで真っ先にご紹介しなければならない?お二人の方のステッカー画像が下の写真です。
まず月ヶ瀬教の教祖様のバイクに!
最近お見かけしてなかったのですが・・・ありがとうございます。
そして次が月亭総長のバイク!
それもこんなところに!
リアフェンダーの内側!
う~ん・・・!この場所は喜んでええのやら・・・「タイヤが巻き上げる泥や砂で汚れるやん!」と私!
しかし、総長いわく!「後ろから見た一番目立つとこですやん!」・・・でした。
まぁ、貼ってもらえるだけありがたいです。
ということで、まだまだ他の月ヶ瀬信者のバイカーさんにはステッカーが行き渡ってません。
早急に上げて、また皆さんに貼って頂きたいと思います。
ただ、次の新色は皆さんのバイクに貼って頂いているの見て、ちょっと検討しようと思いました。
今までの2色は旧車には合う色合いなのですが、現行のバイクではもう少しカラフルな色目でもエエかなって思った訳です。
一応、新色は赤、黄、青を基本の色として作ります。
さて、私が思う乗り物に合う赤、黄、青とは・・・・
是非、楽しみにしてください。
では、今回はこの辺で失礼します!
T‐PADDOCK630 T/Tatsumi
熊本の大地震から早、10日が経ちました。
未だ、行方不明の方がおられたり、避難生活を余儀なくされておられる方がいらっしゃったりと
報道を見ていますと先週から私も今一つ、気乗りのしない毎日でした。
何もできない自分にできることは、まず浮かれた様な事を自重するぐらいでしょうか・・・
ということで今週はあまりブログネタはありません。
なので先週の続きネタを少々!
先週の旧車談の最後の「車種は不明なスクーター・・・」というのがありましたが、そのブログを読んで頂いた方がそのスクーターの車種名を調べてくださいました。
このスクーターです!
車名の「アリエル、リーダー」と教えて頂いた方は前回、当ブログにご登場のHさんです。
Hさん!ありがとうございました。
昨日、いつものバイク屋に頼んでましたパーツを取りに行った際、そのスクーターの前カウルに下の写真の通り「leader」とエンブレムがありました。
アリエルというメーカー名の文字はありませんが確認はできました。
しかし、Hさん!よう調べられましたね!?ビックリです。
そして、昨日は「T‐PADDOCK630」のステッカーの追加生産の為、発注に行ってきましたが予定通り新たに3色追加で発注しました。
今までの2色は月ヶ瀬信者様にも喜んで頂いて皆さんのバイクに貼って頂いております。
その信者さんの中で、昨日の月ヶ瀬!
絶対、当ブログで真っ先にご紹介しなければならない?お二人の方のステッカー画像が下の写真です。
まず月ヶ瀬教の教祖様のバイクに!
最近お見かけしてなかったのですが・・・ありがとうございます。
そして次が月亭総長のバイク!
それもこんなところに!
リアフェンダーの内側!
う~ん・・・!この場所は喜んでええのやら・・・「タイヤが巻き上げる泥や砂で汚れるやん!」と私!
しかし、総長いわく!「後ろから見た一番目立つとこですやん!」・・・でした。
まぁ、貼ってもらえるだけありがたいです。
ということで、まだまだ他の月ヶ瀬信者のバイカーさんにはステッカーが行き渡ってません。
早急に上げて、また皆さんに貼って頂きたいと思います。
ただ、次の新色は皆さんのバイクに貼って頂いているの見て、ちょっと検討しようと思いました。
今までの2色は旧車には合う色合いなのですが、現行のバイクではもう少しカラフルな色目でもエエかなって思った訳です。
一応、新色は赤、黄、青を基本の色として作ります。
さて、私が思う乗り物に合う赤、黄、青とは・・・・
是非、楽しみにしてください。
では、今回はこの辺で失礼します!
T‐PADDOCK630 T/Tatsumi
2016年4月17日日曜日
『Bike in the sky』#31 月ヶ瀬~針テラス、そして・・・
こんにちは。
この4月14日におきました熊本の大地震!
まだ東北の大震災の傷跡が癒えない中での大震災!言葉もありません。
このブログを通じ熊本大震災でお亡くなりなられた方に哀悼の意を捧げ、また被災され避難生活を余儀なくされておられる方には何卒、一刻も早くこの苦難を乗り越えられ元の生活に戻られますことをお祈り申し上げます。
今、日本がたいへんな時にいつもの“軽い”『Bike in the sky』という絵空事を記事にするのは、さすがに躊躇いたします。
しかし、逆に旧車と言われる1960年代のバイクが「世界に飛び立つ熱い日本」の記事を通じ皆様に“元気”を出してもらえたらと・・・
関西は阪神の大震災を乗り越え20年の歳月をかけて平穏な日々を取戻すことができました。
その日々に感謝の念を持ちつつ、今回の記事は毎度の“その平穏な日々が変わらない”
月ヶ瀬早朝ミーティングから針テラスの様子です!
そして、今回は私が旧車に安心して戻ることができました約30年近くのお付き合いを頂いております“凄腕バイク屋”に
寄った様子も添えています。
その話しの前に先ず「T‐PADDOCK630」のオリジナルステッカーが完売になりましたことのお知らせです。
完売と言いましても特に販売をしているわけではありませんが、当「T‐PADDOCK630」にお越し頂いたお客様にプレゼントをする
キャンペーンを昨年末から行っておりました。
また月ヶ瀬の信者さんからも「ちょうだい!」と言われたりして差し上げている内に終了と相成りました。
ありがとうございました。
一旦、キャンペーンは終了いたしますが、また新たに3色を追加して5色の再製作を考えております。
その際は改めてご案内いたしますのでお楽しみに!
さて、“感謝しなければならない平穏”な毎度の月ヶ瀬の様子です!
この時間は朝の8時半ごろで、写真の信者さんたちは、だいたい7時頃から集まっておられる早朝組みです。
その写真の右の御仁!毎度のHさん!
前回の記事で当「T‐PADDOCK630」のDUCATI MH900eにご試乗頂きましたが今回は・・・
試乗ではなかったのですが今回、月ヶ瀬に私が乗り出してきました日本が世界に誇る“キング・オブ・モーターサイクル”の異名を持つ
1969年発売のHONDA CB750 K0に「跨らして・・・!」とメチャ嬉しそうに跨って頂きました。
さて、「今度こそお買上げかな!?」と思いきや・・・「僕はMH900eの方が・・・」と!
しかし、このCB750!当時は「なんとデカいバイクやねん!?」と言われたのですが今見ると400ccクラスぐらいにしか見えないのは日本人の体格がやはり大きくなったのがはっきりとわかります。
ただ、このHさんがデカい人であることもそう見えるのかもです。
たしか身長は2m超?・・・「それはないか!?」
そして、一枚目の写真の手前左の和製ショーンコネリー?に似ている方!
月ヶ瀬最速のYAMAHA R1に乗られる“ヘイデン”さんこと、私のご近所さんの〇田さんです。
この〇田さん!月ヶ瀬までの峠道を走られると、とにかくバカッ早ですが膝を路面に摺りながらカーブを抜けて行く様はメチャ綺麗なライディングフォームで惚れ惚れします。
その〇田さんも愛車のR1の、それもタンクの一番目立つところに「T‐PADDOCK630」のステッカーを貼って頂いてます。
こういうレーサーバイクの走りのスペシャリストに貼って頂くと私としても大変うれしい限りです。
そのバカッ早のもう御一方!
以前、ご紹介しましたアプリリアに乗られるモトさんこと、〇崎さん!
この方にも当ステッカーを、それもフロントスクリーンに貼って頂いて喜んでおります。
さらにリアフェンダーにも・・・
なかなか、決まっててエエ感じです。
そして次は月ヶ瀬から約20kmチョイの距離の道の駅、針テラスの様子!
土曜日は天気も良く、「さぞ針テラスにはバイクが多いのでは・・・」と思っていたのが以外と少なく、ちょっと拍子抜け!
ここ針テラス!
バイクの旧車は月ヶ瀬に負けず劣らず針テラスにも多く見受けられる事からけっこうお友達ができます。
その際、「T‐PADDOCK630」のストアカードをお渡ししたりして「T‐PADDOCK630」の営業活動?の宣伝にはなっております。
しかし当日は、その類のバイクは見当たらず・・・
その代り、前回にも書きました女性ライダー!この針テラスにもいました。
それも最近の女子は大型に乗られる傾向で、上の写真の真ん中のピンクのジャケットを着られてる女性。
なんとハーレーの1200スポーツスター?かな!
その隣のKAWASAKIのエストレアのバイクも女性でご一緒にツーリングの様子でした。
てな事で、当日は早めに針テラスを引き揚げ、“凄腕バイク屋”に向かう事に・・・
実はそのバイク屋に向かうのには理由がありまして・・・
そして、昼から到着したそのバイク屋の前に無造作に並べられた旧車の数々!
まず、2台のトライアンフ!
手前が1960年代のトライアンフ・ボンネビル650。(通称トラボンネ)
そして、後方は同じボンネビルですが1988年製の750!
基本のエンジンは一緒ですがボアアップで750㏄にして日本車に対抗しようとしたのですが、
日本では既にレーサーレプリカ全盛期の真っ只中!
英車はバイクのマーケティングをどこで見誤ったのか!?
トライアンフ社は上述のCB750の登場で同イギリスのBSAと共に事実上の倒産状態に追い込まれることになる訳ですが
私的にはトライアンフ社は1960年代でのアメリカ市場でハーレー社を脅かすほどの成功を収め、その時に慢心状態だったのが
最大の要因と思っています。
しかし、皮肉にも日本車の代表格HONDAはアメリカでトライアンフに負けたのが起爆剤になってCB750を開発。
そのCB750は発売して僅か1年で世界で6万台以上が売れ、さらにバックオーダーを多く抱えアッという間に
BSA,トライアンフのみならずイタリア車、ドイツ車を倒産、あるいは危機に追い込んでしまうことに・・・
そして、そのCB750は1970年代以降、世界のマルチエンジンを搭載するバイクのスタンダードに!
そしてHONDAを世界一のバイクメーカーへと押し上げていくわけです。
これがCB750が“キング・オブ・モーターサイクル”と言われる所以なわけです。
ただ、この時代のCB750の4気筒エンジン開発の前に、既にKAWASAKIが先に4気筒を開発していたという話しもあります。
そのバイクがKAWASAKIのZなわけですが、KAWASAKIは販売をアメリカ市場のCB750を駆逐すべく投入。
アメリカ市場は日本車同士の戦場となりKAWASAKIは排気量を750㏄を超える900ccとしZⅠと命名して戦いに!
そして、のちに日本では750㏄(当時日本で生産するバイクの排気量上限が750㏄までの規制があった)に排気量を下げて
ZⅡ(ゼッツー)と命名してCB750を追い込んで行くわけです。
これがZⅡの悲運の伝説となって、60歳以下の方には「CB750よりZⅡが上や!」「ZⅡの方がかっこエエ!」
という方はけっこういらっしゃいます。
ちょっと話は脱線しましたが、いまやトライアンフ社は倒産の危機から吸収や統合やら買収やら、幾多の
経営環境の変化を経て、現存するバイクメーカーでは世界最古の存在となって地味に残っています。
なぜ、ここまでしぶとく残れたのか?
やはり、私的にはバイクらしいバイクの王道を貫き通したから・・・では!?
とまぁ、この時代を書くと話は止まりませんのでこの辺りでやめます。
そして、次のバイク!
このバイク! 英車のロイヤル・エンフィールド!
たしか700㏄だったと思います。
エン・フィールドと聞けば「インド製のバイク」と思われる方も多いと思いますが、この写真のバイクは正真正銘の英国製です。
部品もウィンカーを除けばほとんどオリジナルで残っているのが奇跡でしょう!?
そして、
これも英車!今は亡きマチレス!Gシリーズの350かな!?
このマチレスにも今も世界に熱狂的なファンがおり、G50のレーサーはたしかメチャ高かったはず!
さらに
ドイツのツンダップ!
ツンダップ社もやはり倒産の危機で上述のロイヤル・エンフィールド社のインド工場で生産されるに至り、
1980年代後半は中国のメーカーに買収されてます。
なので写真のバイクは中国製?
排気量は画像の通り175ccと軽量級で、さらに2ストロークと聞けばちょっと期待したくなりますが走りは90㎞/h出るかどうか!?
やはり中国製でしょう!?(ちょっと中国に対して偏見?)
次です。
英車の雄、BSA! そのBSAビクター350?
なぜ、雄と表現するか!?
それはBSA社がレース目線でバイクを開発してきた走りにあるよう気がします。
元々、BSA社は銃器を生産していて、バイクのエンブレムにはライフルのような鉄砲をモチーフにしたデザインが
残っています。
日本で言えばYAMAHAのバイクのエンブレムです。
YAMAHA社がピアノなどを生産している音楽事業も抱えていることから調律用の音叉をモチーフにしているのと同様です。
エンブレムの話は別としてBSA社の経歴からすると日本で私が思うには、スバルの富士重工が近い感じです。
富士重工も昔は社名が“中島飛行機”と言われゼロ戦のエンジンを造る?軍需企業だったところからそう感じるのかもです。
また話しは逸れてますがBSA社にしてもやはり血統的に戦いの血が濃いのでしょうか、
戦後はその血をバイクのレース活動に注いでおりました。
日本でも1950年代の浅間火山レースの常勝バイクと言われました。
そんなBSAのオフロード用のスクランブルバイクがこのビクターで今でも若い人たちにも人気のバイクです。
そして本日の最後!
赤と白のツートンカラーのスクーター!
ちょっと、勉強不足で車名は分かりませんがスクーターであるのは確かです。
1960年代であろう牧歌的なスクーター!
と、長々旧車尽くしの記事になってしまいました。
ここには、まだまだレアなバイクやヘンテコリンなバイクがあるのですが、これらの旧車に乗るにはいつもお話ししていますが、
それなりの覚悟と費用が必要です。
もしくは、その覚悟と費用をオフセットさせるのであれば自ら知識と技術を習得しなければなりません。
よって、私はこのバイク屋にきてはレクチャーを受け知識と技術を習得(いや!盗みに・・・)してきたつもり?です。
その中で今回、冒頭に言いましたこのバイク屋にきた理由がある訳です。
それは、いま「T‐PADDOCK630」でエンジン組み立て中のCLのトラブルです。
ほぼ組立は終了間際で「え~ッ!」「ワオ~ッ!」「ぎゃ~ッ!」と私の悲鳴がガレージに響きわたるトラブル!
で、凄腕バイク屋のオヤジに泣きつくことに・・・
このオヤジさん、私の2コか3コ年上ですが仲良く30年近くお付き合いさせて頂いてます。
また私の会社がしんどくなった時も、いろいろな銀行への愚痴も聞いて頂いたりと、未だにお世話になりっぱなしです。
まぁ、こんなオヤジがいなければ私もバイク屋の“真似事”などはけっしてできませんでした。
やはり、世の中は一人では生きれません。
人の支えで生かされていることに感謝です。
今、熊本地方の方はたいへんな思いで過ごされていると思います。
しかし、私や月ヶ瀬信者の皆さん、また日々平穏に過ごされている読者の皆さん!
「人は自分ひとりで生きているのではなく、人に生かされているのだと感謝しましょう。」
合掌!
T‐PADDOCK630 T/Tatsumi
この4月14日におきました熊本の大地震!
まだ東北の大震災の傷跡が癒えない中での大震災!言葉もありません。
このブログを通じ熊本大震災でお亡くなりなられた方に哀悼の意を捧げ、また被災され避難生活を余儀なくされておられる方には何卒、一刻も早くこの苦難を乗り越えられ元の生活に戻られますことをお祈り申し上げます。
今、日本がたいへんな時にいつもの“軽い”『Bike in the sky』という絵空事を記事にするのは、さすがに躊躇いたします。
しかし、逆に旧車と言われる1960年代のバイクが「世界に飛び立つ熱い日本」の記事を通じ皆様に“元気”を出してもらえたらと・・・
関西は阪神の大震災を乗り越え20年の歳月をかけて平穏な日々を取戻すことができました。
その日々に感謝の念を持ちつつ、今回の記事は毎度の“その平穏な日々が変わらない”
月ヶ瀬早朝ミーティングから針テラスの様子です!
そして、今回は私が旧車に安心して戻ることができました約30年近くのお付き合いを頂いております“凄腕バイク屋”に
寄った様子も添えています。
その話しの前に先ず「T‐PADDOCK630」のオリジナルステッカーが完売になりましたことのお知らせです。
完売と言いましても特に販売をしているわけではありませんが、当「T‐PADDOCK630」にお越し頂いたお客様にプレゼントをする
キャンペーンを昨年末から行っておりました。
また月ヶ瀬の信者さんからも「ちょうだい!」と言われたりして差し上げている内に終了と相成りました。
ありがとうございました。
一旦、キャンペーンは終了いたしますが、また新たに3色を追加して5色の再製作を考えております。
その際は改めてご案内いたしますのでお楽しみに!
さて、“感謝しなければならない平穏”な毎度の月ヶ瀬の様子です!
この時間は朝の8時半ごろで、写真の信者さんたちは、だいたい7時頃から集まっておられる早朝組みです。
その写真の右の御仁!毎度のHさん!
前回の記事で当「T‐PADDOCK630」のDUCATI MH900eにご試乗頂きましたが今回は・・・
試乗ではなかったのですが今回、月ヶ瀬に私が乗り出してきました日本が世界に誇る“キング・オブ・モーターサイクル”の異名を持つ
1969年発売のHONDA CB750 K0に「跨らして・・・!」とメチャ嬉しそうに跨って頂きました。
さて、「今度こそお買上げかな!?」と思いきや・・・「僕はMH900eの方が・・・」と!
しかし、このCB750!当時は「なんとデカいバイクやねん!?」と言われたのですが今見ると400ccクラスぐらいにしか見えないのは日本人の体格がやはり大きくなったのがはっきりとわかります。
ただ、このHさんがデカい人であることもそう見えるのかもです。
たしか身長は2m超?・・・「それはないか!?」
そして、一枚目の写真の手前左の和製ショーンコネリー?に似ている方!
月ヶ瀬最速のYAMAHA R1に乗られる“ヘイデン”さんこと、私のご近所さんの〇田さんです。
この〇田さん!月ヶ瀬までの峠道を走られると、とにかくバカッ早ですが膝を路面に摺りながらカーブを抜けて行く様はメチャ綺麗なライディングフォームで惚れ惚れします。
その〇田さんも愛車のR1の、それもタンクの一番目立つところに「T‐PADDOCK630」のステッカーを貼って頂いてます。
こういうレーサーバイクの走りのスペシャリストに貼って頂くと私としても大変うれしい限りです。
そのバカッ早のもう御一方!
以前、ご紹介しましたアプリリアに乗られるモトさんこと、〇崎さん!
この方にも当ステッカーを、それもフロントスクリーンに貼って頂いて喜んでおります。
さらにリアフェンダーにも・・・
なかなか、決まっててエエ感じです。
そして次は月ヶ瀬から約20kmチョイの距離の道の駅、針テラスの様子!
土曜日は天気も良く、「さぞ針テラスにはバイクが多いのでは・・・」と思っていたのが以外と少なく、ちょっと拍子抜け!
ここ針テラス!
バイクの旧車は月ヶ瀬に負けず劣らず針テラスにも多く見受けられる事からけっこうお友達ができます。
その際、「T‐PADDOCK630」のストアカードをお渡ししたりして「T‐PADDOCK630」の営業活動?の宣伝にはなっております。
しかし当日は、その類のバイクは見当たらず・・・
その代り、前回にも書きました女性ライダー!この針テラスにもいました。
それも最近の女子は大型に乗られる傾向で、上の写真の真ん中のピンクのジャケットを着られてる女性。
なんとハーレーの1200スポーツスター?かな!
その隣のKAWASAKIのエストレアのバイクも女性でご一緒にツーリングの様子でした。
てな事で、当日は早めに針テラスを引き揚げ、“凄腕バイク屋”に向かう事に・・・
実はそのバイク屋に向かうのには理由がありまして・・・
そして、昼から到着したそのバイク屋の前に無造作に並べられた旧車の数々!
まず、2台のトライアンフ!
手前が1960年代のトライアンフ・ボンネビル650。(通称トラボンネ)
そして、後方は同じボンネビルですが1988年製の750!
基本のエンジンは一緒ですがボアアップで750㏄にして日本車に対抗しようとしたのですが、
日本では既にレーサーレプリカ全盛期の真っ只中!
英車はバイクのマーケティングをどこで見誤ったのか!?
トライアンフ社は上述のCB750の登場で同イギリスのBSAと共に事実上の倒産状態に追い込まれることになる訳ですが
私的にはトライアンフ社は1960年代でのアメリカ市場でハーレー社を脅かすほどの成功を収め、その時に慢心状態だったのが
最大の要因と思っています。
しかし、皮肉にも日本車の代表格HONDAはアメリカでトライアンフに負けたのが起爆剤になってCB750を開発。
そのCB750は発売して僅か1年で世界で6万台以上が売れ、さらにバックオーダーを多く抱えアッという間に
BSA,トライアンフのみならずイタリア車、ドイツ車を倒産、あるいは危機に追い込んでしまうことに・・・
そして、そのCB750は1970年代以降、世界のマルチエンジンを搭載するバイクのスタンダードに!
そしてHONDAを世界一のバイクメーカーへと押し上げていくわけです。
これがCB750が“キング・オブ・モーターサイクル”と言われる所以なわけです。
ただ、この時代のCB750の4気筒エンジン開発の前に、既にKAWASAKIが先に4気筒を開発していたという話しもあります。
そのバイクがKAWASAKIのZなわけですが、KAWASAKIは販売をアメリカ市場のCB750を駆逐すべく投入。
アメリカ市場は日本車同士の戦場となりKAWASAKIは排気量を750㏄を超える900ccとしZⅠと命名して戦いに!
そして、のちに日本では750㏄(当時日本で生産するバイクの排気量上限が750㏄までの規制があった)に排気量を下げて
ZⅡ(ゼッツー)と命名してCB750を追い込んで行くわけです。
これがZⅡの悲運の伝説となって、60歳以下の方には「CB750よりZⅡが上や!」「ZⅡの方がかっこエエ!」
という方はけっこういらっしゃいます。
ちょっと話は脱線しましたが、いまやトライアンフ社は倒産の危機から吸収や統合やら買収やら、幾多の
経営環境の変化を経て、現存するバイクメーカーでは世界最古の存在となって地味に残っています。
なぜ、ここまでしぶとく残れたのか?
やはり、私的にはバイクらしいバイクの王道を貫き通したから・・・では!?
とまぁ、この時代を書くと話は止まりませんのでこの辺りでやめます。
そして、次のバイク!
このバイク! 英車のロイヤル・エンフィールド!
たしか700㏄だったと思います。
エン・フィールドと聞けば「インド製のバイク」と思われる方も多いと思いますが、この写真のバイクは正真正銘の英国製です。
部品もウィンカーを除けばほとんどオリジナルで残っているのが奇跡でしょう!?
そして、
これも英車!今は亡きマチレス!Gシリーズの350かな!?
このマチレスにも今も世界に熱狂的なファンがおり、G50のレーサーはたしかメチャ高かったはず!
さらに
ドイツのツンダップ!
ツンダップ社もやはり倒産の危機で上述のロイヤル・エンフィールド社のインド工場で生産されるに至り、
1980年代後半は中国のメーカーに買収されてます。
なので写真のバイクは中国製?
排気量は画像の通り175ccと軽量級で、さらに2ストロークと聞けばちょっと期待したくなりますが走りは90㎞/h出るかどうか!?
やはり中国製でしょう!?(ちょっと中国に対して偏見?)
次です。
英車の雄、BSA! そのBSAビクター350?
なぜ、雄と表現するか!?
それはBSA社がレース目線でバイクを開発してきた走りにあるよう気がします。
元々、BSA社は銃器を生産していて、バイクのエンブレムにはライフルのような鉄砲をモチーフにしたデザインが
残っています。
日本で言えばYAMAHAのバイクのエンブレムです。
YAMAHA社がピアノなどを生産している音楽事業も抱えていることから調律用の音叉をモチーフにしているのと同様です。
エンブレムの話は別としてBSA社の経歴からすると日本で私が思うには、スバルの富士重工が近い感じです。
富士重工も昔は社名が“中島飛行機”と言われゼロ戦のエンジンを造る?軍需企業だったところからそう感じるのかもです。
また話しは逸れてますがBSA社にしてもやはり血統的に戦いの血が濃いのでしょうか、
戦後はその血をバイクのレース活動に注いでおりました。
日本でも1950年代の浅間火山レースの常勝バイクと言われました。
そんなBSAのオフロード用のスクランブルバイクがこのビクターで今でも若い人たちにも人気のバイクです。
そして本日の最後!
赤と白のツートンカラーのスクーター!
ちょっと、勉強不足で車名は分かりませんがスクーターであるのは確かです。
1960年代であろう牧歌的なスクーター!
と、長々旧車尽くしの記事になってしまいました。
ここには、まだまだレアなバイクやヘンテコリンなバイクがあるのですが、これらの旧車に乗るにはいつもお話ししていますが、
それなりの覚悟と費用が必要です。
もしくは、その覚悟と費用をオフセットさせるのであれば自ら知識と技術を習得しなければなりません。
よって、私はこのバイク屋にきてはレクチャーを受け知識と技術を習得(いや!盗みに・・・)してきたつもり?です。
その中で今回、冒頭に言いましたこのバイク屋にきた理由がある訳です。
それは、いま「T‐PADDOCK630」でエンジン組み立て中のCLのトラブルです。
ほぼ組立は終了間際で「え~ッ!」「ワオ~ッ!」「ぎゃ~ッ!」と私の悲鳴がガレージに響きわたるトラブル!
で、凄腕バイク屋のオヤジに泣きつくことに・・・
このオヤジさん、私の2コか3コ年上ですが仲良く30年近くお付き合いさせて頂いてます。
また私の会社がしんどくなった時も、いろいろな銀行への愚痴も聞いて頂いたりと、未だにお世話になりっぱなしです。
まぁ、こんなオヤジがいなければ私もバイク屋の“真似事”などはけっしてできませんでした。
やはり、世の中は一人では生きれません。
人の支えで生かされていることに感謝です。
今、熊本地方の方はたいへんな思いで過ごされていると思います。
しかし、私や月ヶ瀬信者の皆さん、また日々平穏に過ごされている読者の皆さん!
「人は自分ひとりで生きているのではなく、人に生かされているのだと感謝しましょう。」
合掌!
T‐PADDOCK630 T/Tatsumi
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