2019年10月10日木曜日

『Bike in the sky』#151 のんびりバイクと超過激台風の関係は・・・

こんにちは。

今週末は日本列島に超ド級の台風19号が上陸します。

いつもであれば「なんで週末に台風が来るねん!?」と、週末にバイクに乗れない嘆きをブログで綴るのですが
今回は、そんな不謹慎なことを言ってはおれません。

と言うのも前回の台風15号によって千葉県を直撃し、千葉の広範囲において大停電と屋根が強風で飛ばされる被害が
多発しました。

毎日の報道でも電気は一部を除いて、ほぼ回復したようですが屋根の修復には、まだまだ手付かずで
未だにブルーシートで屋根を覆う一時凌ぎの家屋を多く目にします。

そこに今回の超大型の台風が直撃すれば・・・

台風19号は瞬間最大風速75m/秒は昨年の関西を襲い大きな被害を出した台風21号が58m/秒であったことを
考えると、とんでもない大きさの台風であることは想像に難くはありません。

直撃するにしても、なんとか勢力を落としてもらえるか、または進路変更をしてもられるか、と願うばかりです。

今年は特に台風、それも大型の台風や大雨など、いわゆる“異常気象”が多発して各地に被害をもたらしております。

その“異常気象”の原因が地球の温暖化によるもの!

また、その温暖化の原因が帰納的に申せば二酸化炭素の排出量が増えたからとなってます。

問題は、その二酸化炭素が増えたのは化石燃料による功罪であることは紛れもない事実でその主因たるはクルマなのです。

さらに敷衍的に申せば、そのクルマ、それも現代のクルマの起源は英国発の第一次産業革命の蒸気機関から始まり、
第二次産業革命の大量生産方式に繋がるアメリカ・フォード社のT型フォードと言えるでしょう。

そして、フォード社は世界の人々にとって世の中のお役に立つ企業として称賛され、その盟主になります。

それから110年以上の時を経て、そのクルマは地球を破壊するモノとして「便利だけど環境には良くない」となって
エネルギー源を化石燃料から電気へと・・・

しかし、その電気を生む仕組みを水資源の水力発電から化石燃料を使う火力発電、さらには原子力発電へと・・・

ここまで書けば根っこのエネルギー源の地球温暖化対策は、ほとんどできていないことがわかります。

というより世界人口が増え、かっては後進国と言われた国も短期間で今やGDPで世界2位になり、
文明を享受するようになると文化度は急激に上がり当然、便利なクルマは増え続けます。

となると、そのクルマのエネルギー源は減らすどころか益々、需要が旺盛で減ることはありません。
いわゆる「ポラリティ―現象(陰陽の両極性)」といわれる矛盾的な現象です。

話しを戻します。

その異常気象を防ぐには、まず我々が率先してクルマに乗ることを控えるのが良いのですが・・・

では少しでも二酸化炭素の排出量の少ない「バイクに乗ろう」と声を出しても説得力は無いでしょう!?

筆者も分かったような事を能書きってますが、ライダーとしては「う~ん・・・」と答は持ち合せておりません。

その証左に先週の土曜日は気持ち良いバイク日和で上述の懸念など脳内は「まったくゼロ」と言い切れます。
この日の月ヶ瀬は珍しくハーレー系エンジン車が4台!
その内、スポーツスター883が3台と今までの走り屋御用達のレーサー系は最近ドンドン減少気味。

この現象は先週号にも記述しました「流れゆく空気・・・」のひとつのようにも思えます。
その変わりゆく空気を最も醸し出しているのが手前のハーレー883(パパサン)の石原さんでしょう!

上の画像、黄色のパパサン後ろの黒いハーレーも同パパサンで石原さん行きつけのハーレーショップのお方の所有です。

そして、石原さんのパパサンに毒人達?が群がってきて・・・
久しぶりの月ヶ瀬詣でにお越しの“走る棟梁”こと、CBRに乗る後藤さん!

また何やら毒を吐いているような悪ガキっぽい目つき!
たぶん「エンジン落ちそうやん!」とでも言ってるような・・・(これは月ヶ瀬では誉め言葉?)

どちらにしても当分は、このパパサンで月ヶ瀬の話題を独占しそうな・・・
と言うのも当日、筆者は画像の真ん中の石原さん横に写る“渋い、素敵な、カッコイイ”色のXS-1を写真に収めようと
したのですが・・・

いきなり人様のヘルメットを被って撮影妨害?
ではなく・・・

当日の石原さんは今までのBuell用のフルフェイスでお越しでした。
そこで月ヶ瀬の信者さん達に「パパサンにフルフェイスはあかんで。やっぱりジェットヘルやで!」と言われ

早速、先ほどのハーレーショップの方のジェットヘルを被ってポーズにとなりました。

さて、石原さん!
「ジェットヘルはどうすんの~!?」

で、翌日の日曜日! 超快晴!

筆者は残念ながらと言うのか、「お~、晴れてよかったなぁ」と言うのか・・・

そうなんです。
筆者のお孫さんの大運動会!
まず、孫で筆者の長女の娘、小2のサエちゃんです。

“フン転がし”ならぬ大玉転がし競技に出演中の左の女の子!(とっても可愛いのですが顔が見えず残念です)

また、同じく小5の長女でリンちゃんは放送担当で真ん中赤い帽子の子の左隣でアナウンスを任されてました。
この間までオムツをしていたと思ってましたが、立派に大きくなってここにも時の流れを感じます。

そして、その日曜日の昼過ぎには自宅に戻って来ましたので、またまたXS-1の整備!
今回は後輪のタイヤ交換。

今年の春先にはスリップサインが「もうちょっとかな・・・」と思ってたのですが、なかなか「交換」となるには
ちょっと時間を要しました。

本来ならスリップサインが認識できた時点で交換なのですがT-PADDOCK630には他にもいろいろバイクを
抱えておりますので経費節減の観点からできる限り先延ばしをするという貧乏経営企業?なのです。

ということで・・・
やっとこさ、交換しました。

ここで・・・次の課題で・・・今まで・・・キチっと・・・治しておきたい・・・でも・・・どうやって・・・
修復するか・・・ってところに・・・着手!

実は気持ちにもちょっと余裕ができたことと、ちょっと知識も少し充填できたこともあり、その辺のバイク屋では
たぶん?気がつかない?だろう・・・ということで結果は・・・

完璧です。

この修復はプロの、特に今時バイクしか扱わないバイク屋にお願いしても治せず、またネットでそのHowを探しても
ヒットせず、ある所である言葉にヒントを得て修復できました。

この内容はまたの機会に・・・けっこう特許的?なことで・・・
それこそ最近、お見えになりませんが月ヶ瀬教の教祖様の「はっは~ん!」です。

また話が逸れております。
戻します。

そして、昨日の水曜日。
世間の人はお仕事モードで普通には好きなバイクには乗れない状況!

ところが、その日の午後!

筆者の携帯が鳴ります。

「今、居てはりまっか?」
「お~、おるで!」
「今、奈良でスタバでお茶でもしよか思ってましてんけど、タツミさんとこでコーヒー飲めます?」
「お~!飲めるよ。」
「じゃあ、20分ぐらいで行きまっさ!」
「へ~い!待ってます。」

と、なんとも田舎の長閑なやり取りか!?

そして、来やはったのが・・・
どこかで見たようなパパサン。
またまた、ご登場の石原さん。

先週の土曜に月ヶ瀬で「フルフェイスはあかんで!」が気になられたのか本日は新たにパパサン用のヘルメットを
お買い求めになるため、会社を休まれた?とか・・・

SHOEIの高級ヘルメットご購入で嬉しそうな・・・

そして、いつもの楽しい会話?でありがとうございました。

会話の内容はやはり「流れゆく空気を感じながら・・・」でしたが「おいしいコーヒーありがとうございました。」
と、お礼までいただいたことに「人をこんなに穏やかにさせるんや!パパサンって!」

なんか筆者もノンビリバイクが欲しくなってきたなぁ・・・

いやいや、その前にもっと今あるバイクを減らさんと・・・

いやいや、その前に週末の台風対策せんとあかんで!

ではまた!
T-PADDOCK630 T/Tatsumi

2019年10月3日木曜日

『Bike in the sky』#150 流れゆく空気を感じながら・・・

こんにちは。

T-PADDOCK630がお送りしてますブログ『Bike in the sky』も早いもので150回目を迎えました。

2017年9月で一度、当ブログを休止したのですが今年に入り再開をしました。

その節目の150回で休止前と再開後で何かが大きく変わったというのはないのですが・・・

何か目に見えない「変化」と言いますか「時代の流れ」と言うような空気感が流れていくのは感じます。

それは月ヶ瀬や針テラスといった毎週バイクで乗り付けて、ほんのひと時を何気に過ごす時間の中でも感じます。

そんな流れゆく流れの中で筆者が思う変わらぬモノが「バイクに乗る楽しさ」でしょうか!?
先週の日曜の月ヶ瀬に突如現れたハーレーダビッドソンの883(通称パパサン)

このパパサンと上述の「バイクに乗る楽しさ」と、どう関係しているのか!?

そこにはバイク乗りの悲哀に満ちた性とでもいうのでしょうか・・・

バイカーは若いころからバイクに乗り始めても、そのきっかけになる入り口は千差万別。

だいたいは、やはり速いバイクから始まり齢と共に穏やかなノンビリバイクを楽しむといったパターンになります。

そのパターンを絵に描いたように・・・

このパパサンのオーナーさんはBuellというハーレーのエンジンを載せたスポーツバイクを長年乗っておられる石原さんですが
ライディングの姿勢がキツイことから、少しライディングスタイルが楽なバイクにと2台目?として購入されたとか・・・

ただ、この話がほんとのことなのか、全くの出まかせなのか・・・
そのあたりは不明です。

しかし、筆者が言いたいのはバイク乗りは一度バイクの楽しさを知ってしまうと周りの環境や時代の流れが変わろうと
バイクからはなかなか離れられない。

離れたとしても、いつかまたバイクに乗りたくなる・・・まるで麻薬のような中毒性があるのです。

そして今回は期せずして、もうひとり同じようなパターンでバイクを乗り換えられたお方が・・・
以前はDucati のモンスター?だったかな、なかなか過激なスポーツバイクに乗っておられた小林さんなのですが

やはりライディングの姿勢が「長距離となると首が痛くて年齢と共に段々キツクなってきた」とか・・・
そこで最近、BMWのツアラーバイクに乗り換えられた様子です。

バイカーはしんどくなっても何とかバイクには乗っていたい気持ちは抜けない・・・
やはり麻薬です!

筆者もその一人で、筆者が初めてバイクに乗ったのが今から51年前の中学3年生の時、誰のバイクだったか正確には
覚えていないのですがHONDAのカブでした。

とにかく初めて乗った時の衝撃は今でも忘れられず「勝手に走るやん!」でした。

そこから高校に入りCL仕様のCB72、DT-1、W1、2代目モンキーとバイトしまくりでバイクを乗り回しておりました。

しかし、社会に出て30歳で起業するころにはバイクとは離れておりましたが創業からしばらくすると会社も落ち着き
ふとした時「バイクにのりてぇ~」と・・・

その時、筆者の友人が英車の旧車レストア屋を始めたことから1960年前後の超過激なBSA GOLDSTAR(通称ゴルディ)の500cc単気筒を購入

ここからがバイク道再開の道に進むことに・・・

そして、ゴルディがあまりにも過激だったことから、同じくBSAの2気筒650ccロケットゴールドスターと交換。
しかし品質が今一つということでトライアンフ・ボンネビルの試乗もするも・・・

トライアンフはよく走るのですが、なぜか背中で感じる不安が拭えず・・・

結局、ロケットゴールドスターを下取りで現在のW1を年齢も40歳を回った頃で青春のバイクの思い出で購入
Kawasaki W1Sなのですが昔のオリジナルと違って購入するなり、直ぐに英車風カスタムに・・・

この日は後ろに写ってます林さんのCB450K1と、この後針テラスへ

この林さん、筆者と同い年で、それも筆者の高校時代のバイクでの宿敵CB450を大事に乗っておられます。
マフラーもエキパイを2in1にして右出し1本のペンシルコンチに変更。
そしてバックステップ、一文字ハンドルとカフェ風にカスタム。

針テラスでお茶をしてても話題は目に見えない流れゆく空気を感じながら・・・
「齢いったら段々バイク乗るのがキツなるなぁ」です。

いかにバイクが好きでも寄る年波には勝てません。

しかし年齢に関係なくバイクのメンテはしっかりしてあげないと古いバイクはてき面です。
2輪ではありませんが3輪ベスパの右リアホイルが、なんか引きづっている感触。
少し走って右リアドラムに手をあてるとしっかり熱を持った状態。

ということで上の画像がドラムの分解清掃修理中の様子です。

そこをアップで・・・
ブレーキパネル下側のシリンダー内が長年、手入れされてなく内部のピストンが固着状態。

ここからが意外と手間がかかってしまいましたがなんとか修復はできました。

ただ、ひとりでブレーキホース内のエアー抜きはちょっと手こずりましたが、抜けたのかな・・・
テスト後は一応、制動的には効いている。

そして、さらには・・・
ベスパのブレーキエアー抜きでコンプレッサーを使ってますと突然、「ブッシュ~」と上の画像のホースリール内から
空気が漏れる音。

リール側とホースの端っこのジョイント部辺りからのエアー漏れの様子。
このリールも現在のガレージに越してからですから早14年は使用しております。

まぁよく持った方でしょう。
で、こちらもリールを分解してジョイントし直して修復完了。

で、さらにさらに・・・
乗り出したW1の掃除をしてますと・・・「うん、クラック?」

ということでW1のリアフェンダーステーの根元にクラック。

この箇所はW1の振動によって数年経つ度に左右にクラックが入り慢性化しております。

根本的な解決策を講じないとあきません。

とは言っても結局はこのステーを一先ず溶接することで終了!

その溶接後の冷却中に丁度W1のオイル交換時期を思い出し交換をするのですが・・・
このW1は、ほんとに壊れることもないのですが長年の手入れでなかなか手を入れられない所をこの機会に!

画像のW1のエンジン底部の四角いケースがオイルパンで、その分解清掃。

ドライサンプのオイル交換でフラッシングまで行った場合エンジン底部の古いオイルやフラッシングオイルは
オイルタンクを通してでは完全には抜け切ることはできません。

よって底部のオイルパンを分解するのが一番完璧に抜け切ることができます。

これでなんかお風呂上がりの気持ち良い感覚が感じ取れます。

先週末は、なんだか手入れだけの週末だったような・・・

筆者の身体の手入れをT-PADDOCKの乗り物は見ていたようなタイミングでした。

それではまた。
T-PADDOCK630 T/Tatsumi

2019年9月26日木曜日

『Bike in the sky』#149 やっぱり時代はアナログやで!

こんにちは。

朝晩、ほんまに涼しくなってきましたね!?

バイクに乗るにも、バイクのメンテをするにも、このぐらいの気温、気候は最高です。

であったのですが先週の3連休は台風の影響もあって、まず土曜日の走行は路面が濡れてアウト!

であれば、T-PADDOCK630が誇るガレージの強みを活かさなくては・・・となります。

そこで登場するのが・・・
T-PADDOCK630のオフロードバイク “シェルタコ”です。

前号の最後では「またしても事件発生」「どやって治すん!?」で終わりました、その続きのお話から。

このバイク、月ヶ瀬教教祖様からお譲り頂いたKawasaki シェルパをT-PADDOCK630内にあるパーツでスペインのオフ車
“ブルタコ”風にプチカスタムをしたバイクです。

ところが何気にネットでブルタコを検索しておりましたら、なんと「ブルタコ・シェルパ」なるバイクがヒット!
「え~!嘘やろ!パクられてるやん!」と、ちょっとビックリです。

Bultaco Sherpa 1965 Sammy Miller ブルタコ シェルパ(スペイン)

こんな見出しがついておりました。(画像は意匠権もありますのでアップしてません)

画像にあった実物は当方のシェルタコとは似ても似つかないほどカッコよろしい?です。

当方は暇つぶしレベルで“シェルタコ”としましたが「う~ん、なんか負けた気がするやん」
って、気持ちだけが落ち込む始末。

「じゃぁ、本気でカスタムするの?」と、なるのですが、その前に前号の問題解決です。
その問題とはシェルタコのヘッドライトの玉切れ!

であれば電球を変えれば済む話なのですが、なんと筆者にとりましては見たこともない電球?が装着されているではありませんか!?
上の画像の電球なる物体の表示を確認すると「HID H4球」の表示!
こんな電球、T-PADDOCK630にあるはずもない。

そこで近くの「タイっちゃん」の店に・・・

タイっちゃんことRS TAICHIの電球売り場で探すも、なかなか見つからず店員さんに聞くことに。

すると「あ~、この球はもう造ってないですよ。今はLEDですわ。」と・・・

筆者からすれば超近代兵器なる電球と思っていたのに「もう古いです。」と言われると付いていけない感が
ズンと圧し掛かってきます。

「じゃあ、そのLEDなる電球はあるの?」と聞くと「球だけではダメなので最初はキット一式です。」となり
何やら奥から取り出してきて「はい、これです。」って見せられ「いくらですか?」って聞くと
「これで12500円ですね。」

「もっとハイスペックなモノをお探しでしたら取り寄せです」と言われ、お値段は「45000円ほどしますが・・・」
と、笑顔で説明をしてくれました。

なんか筆者は戦前の昭和から、いきなりタイムマシンで超未来な世界に迷い込んだ気分になりました。

結局、結論からすれば、筆者はあのHIDやLEDのような真っ白気に光る色がそもそも嫌いなわけですから
無理と買う必要はないわけで、やはりT-PADDOCK630らしく温かみのあるアナログ球にすることにしました。

そして、アナログ球を買ったものの、いざ取り付けるとなると配線から電球の受け側が全く合わない状態。
要は今までのHID用の上の画像の配線が別途でシェルタコバイクのノーマルハーネスと並走してました。
先ず、その配線を撤去することに・・・
このHIDキットは「車神の光」という商品名らしく、お値段もタイっちゃんによると一式で17000円以上とのこと。

光る色目が嫌いなくせに値段を聞いてからは一先ず大事に保存することに・・・

そして配線の取り回しをやり直してアナログ球の装着も難なく終了!
エエ感じです!
アナログはやっぱり温かみがあって人間らしい味わいがあります。

ってなことを書くと今どきのお方からは「LEDでもアナログ色のオレンジっぽい球ありますよ!」って言われそうかも!

筆者は正直、費用面でもアナログ価格であって欲しいのです。

そして次は日曜の月ヶ瀬です。
入院前のさらに数か月前に乗って以来、久しぶりの出番のYAMAHA XS-1初期型です。

日曜なのですが・・・
曇天ということでライダーは少な目!

少ない中でも、このツーショットは貴重な1枚!
その理由は・・・言えません・・・

そして、3連休最後の月曜日。
その月曜の朝は前日からの雨もあって路面は渇き始めていますがまだ、べちょべちょ!

よって出発は、いつもの月ヶ瀬出勤時間を2時間以上遅らせての出発。
月ヶ瀬に到着したところではバイカーは誰もいない!
と思ってよく見ると・・・ケータハム・スーパー7・コスワースBDR1700という7の中でも希少車!

オーナーさんは久しぶりにお会いします東川さん!
この東川さん。乗り物のセンスは筆者なりの見解ですがピカイチ級!

高級車に乗れば良いという輩とは明らかに一線を画したホンモノの乗り物好き!

その東川さんと当日は信者ライダーが一人もいないこともあって存分に車談議!

しかし、筆者はDucati MHeを正装のツナギで来たことから暑くなってきて3、40分ほど撤収しました。

この東川さん、バイクのセンスもなかなかで、筆者と同じDucati MHeもお持ちなのですが
東川さんにかかればMHeはこんな風になります。
ほんまに乗り物が好きで好きで三度の飯より何とやら・・・を地で行く乗り物好きのお方と言えるでしょう!?

筆者も精進します。

ではまた!
T-PADDOCK630 T/Tatsumi

2019年9月19日木曜日

『Bike in the sky』#148 オッ、治ってるやん!

こんにちは。

朝晩が多少涼しくなって、ほんの少しですが秋の気配を感じるようにもなってきました。

となると、やはりバイク乗りには春先と同じで気持ちの良い季節の到来となります。

その気候を味わえる3連休初日、筆者は果たしてバイクに乗れたのでしょうか?

お陰様で退院は先週の11日水曜日!

その退院、前日の病院では先生とバトルがありました。

病室の筆者:回診に来られた先生に「先生、いつ頃退院できますの?」
病院の先生:「あと1週間は入院した方がええんやけどな・・・」
筆者:「いや、全然大丈夫ですって!」
先生:「それを判断するのはこっちの仕事です」と、ちょっと怒ってる様子。
筆者:「一番のポイントは消化の良い食事ですよね?」と、負けずに説得モード。
先生:「そうなんですが・・・」と、返答に窮している様子。
筆者:「じゃあ、食事は完ぺきに守って安静にしてますので・・・」と、懇願モード。
先生:「ほんまに守ってくださいね!?」と、ちょっと許しそうな雰囲気。
筆者:「すこし気分も良い時は自転車ぐらいは乗っていいですか?」と、調子に乗って
先生:「まぁそのぐらいの適度な運動は逆にいいですよ!」と快諾。
筆者:心の中でほくそ笑みながら「よっしゃ~!」

ということで退院したのですが、退院後12日の丸一日だけ安静にしてました。
しかし、13日は朝一から普通にスケボースクールの連中とランチを挟んで昼過ぎまでミーティング。

その後は税理士事務所にてスケボースクール運営の税務相談などでフルタイムの仕事モードでした。

そして、戻ってから夕刻は「明日の土曜からの3連休をどうするか!?」を一人ミーティングで検討会。

一人ミーティングの結論は・・・
「今日一日の身体の様子からリハビリ程度の運動ができるバイクであれば乗っても良い」
ということでバイク許可が下りました。(まぁ自身で下したのですが・・・)

そこでチョイスしたバイクが・・・YAMAHAのRT1!
手前から2代目の黄色のタンクのバイクがRT1です。
軽いし、ハンドルもアップで乗りやすい!真にリハビリにもってこいです。

当日の土曜日は早朝5時10分にご近所の石原さんのBuellの爆音で起こされ、いそいそ月ヶ瀬へ!

そして、いつもの般若寺セブンでコーヒーブレイク。
すると、上の画像手前のハーレースポーツスターの八木さんと遭遇。
ここで八木さんと15~20分ほどの雑談。
(八木さん、筆者が入院してたのはご存知ない様子でほんまに普通の仕事の会話でした)

セブンからは、ほんまに気持ちよく、生きてる実感といいますか、生かされている命に感謝といいますか
気持ち良くノンビリとバイクに乗れる喜びを噛みしめながら走ることができました。

そんな気持ちで明くる日の日曜!
昨日と同じ早朝5時10分に石原さんの爆音に起こされ月ヶ瀬に直行で向かいました。

月ヶ瀬では秋の到来を知らせる“かぼちゃ祭り”が催されておりました。
よって例年の如く、月ヶ瀬信者ライダーは毎度の駐車スペースからは追い出されAway?用スペースに!
ショッキングラメ入りピンクの久しぶりのNSR?・・・だったかな
当日の筆者は、その奥のDucati Mach1で!
左から山縣さん、坪岡さん、組合長竹岡さん、岡田さん・・・皆さん、ノンビリとお寛ぎです。

そして連休3日目の月ヶ瀬は・・・
いやぁ~、筆者の「ほっしい~車ベスト10」に入るFIAT500チンクエチェント!
イタリヤでレストアされてから日本の業者に依頼されて輸入されたそうで内外装の程度は抜群でした。
そして・・・
上のチンクを連れて来られた、月ヶ瀬ではちょくちょくお見かけする方で初めてお話させて頂きました
同じくFIAT126カブリオレで500と同じエンジンを積む1991年以降の珍しいクルマ。
この126にはボアアップの650ccが積まれているような・・・
コクピットと表現したくなるレーシングムード満載の室内。

今どきの味気のないクルマばかり観ていますと、ホッとする瞬間です!

そして3連休最後のこの日の昼頃、長男家族と長女の子供達が退院祝い?で遊びに来てくれました。

で、皆でランチに出かける時、長男の下の子供が「ジィジのクルマに乗りたい!」とか言いだして・・・
平和な写真です。

と退院後の様子をお届けしてきました。

入院中、月ヶ瀬信者の皆さまや多方面の方々からいろいろ励ましのメールやお便りをいただき
ほんとうにありがとうございました。

お陰様で手術も無事に終わり退院も比較的早くできて感謝しております。

このブログを通じお礼申し上げます。

と、筆者の病気を表題の通り「治ってるやん!」で今号のブログを終了するはずが・・・

筆者にとりましては新たに、またしても事件発生です!
う~ん・・・

「どやって治すん?」

続きは次号で。では!
T-PADDOCK630 T/Tatsumi

2019年9月12日木曜日

『Bike in the sky』#147 さて、いよいよ・・・

こんにちは。

筆者が十二指腸に腫瘍を患い、そして入院、そして手術をしまして2週間!
早いような長いような感覚で病院暮らしをしております。

日々、順調に回復はしているのですが体力がなかなか戻らず「これでバイク乗れるのかな・・・?」
と少々不安な毎日を過ごしております。

そんな不安を一掃してくれるのは・・・
海外の旧車専門雑誌。
日本で言えば「別冊モーターサイクリスト」的な雑誌で旧車の相場やレストアマニュアルなどが掲載されてます。

とにかく時間は持て余すほどありますので、しっかり読み切れます。

しかし、日々何もせず病院食だけで過ごしておりますと好きな本を読んだくらいでは不安は解消されません。

手術前の体重は身長175cm(5,6年前までは176cm)に対して平均65kgを高校生の時からキープしておりました。
ところが手術後の2日目ぐらいから院内にて、体重を毎日計測しますと平均58.5kgと激ヤセ!

齢を重ねると「肥えるより痩せた方がいい」と巷ではよく耳にするのですが筆者にとりまして痩せて力が出ず
バイクに乗れないのであればいくら健康的であっても本末転倒です!

そして、いよいよ退院で嬉しいのですが・・・

その「いよいよ・・・」で先に記事にしておかなくてはならないのが前々回の「Super Chair」の件です。
この「Super Chair」はどんな経緯があって生まれたのか!?
そして、どんな人間がこのSuper Chairを創ってきたのか!?

そのストーリーを先にご紹介したいと思います。

そもそもの始まりは筆者が東大阪に生まれて18歳になるまで、この街で過ごした最高に楽しい生き生きとした記憶がベースになっております。

ところが20歳前の青春ど真中!
筆者は父と将来について大激論の末、家出することになりそこから大よそ35年間、東大阪の外で暮らしておりました。

そして、35年ぶりに東大阪に戻ってきた当初は気付いていなかったのですが、さらに7、8年経った時
昔、過ごしたかっての繁華街、また生き生きと高度成長期を支えた町工場などなど・・・
その面影は、ほんの僅かに街の端っこに残るぐらいで「あの時の活気はどこに・・・」というところでちょっとショックを受けました。

そこで東大阪をちょっと調べてみました。

結論を簡単に言いますと東大阪は昔と変わらず「下請け工場の街」ですが人口、GDPなど共に縮小気味で
堺市に負けております。

そこで「あの時の活気は・・・」を何となく肌で感じた感覚は数字通りで当たっておりました。

そこからは知り合いの工場さんに東大阪の現状を教えてもらい、紆余曲折もあった中で12社の工場さん他士業さんたちと
“下請けのモノ造り”ではなく“意思のあるモノ創り”をすることになりました。

それが今から約3年前。

しかし、ここからがたいへんでした。

要は完成品の一つひとつのパーツを造る技術は世界屈指の腕があるのですが、製品や商品と言われる完成品の
リテール物はほぼ全滅!

そこには強度などの工学的な計算に基づいた図面がない。
または図面が引けない。(一部では引ける会社もある)

などのモノ創りに関わる根本的な要素が抜けておりました。
東大阪市行政のスローガン等には「ものづくりの街、東大阪市」などのキャッチコピーが踊りますが
東大阪のある会社の社長さんに言われた言葉が印象に残ってます。
「現実はものづくりやなくて加工屋の集まりです。東大阪は!」

そこから、その12社で「じゃぁ、創ってやろうじゃないの!」で始まったのが・・・
「G-SES」(ジー・セス)という「東大阪の本気」をベースに造語としてブランドにしたく名付けました。
「とにかく楽しいモノを創ろう」と、いろいろ見よう見まねで何点か創り始めました。

その中でこのSuper Chairは本気の本気で創られた一品ではないでしょうか!?

とにかく一番苦労したのが・・・
大きくは2か所!
まず一つ目が“シェル”と言われる丸みを帯びた台座の製作!
アルミの叩き出し板金加工による手仕上げ。

そして、加工ではないのですが俗に言うクッション、すなわち座り心地です。
この胆を文字通り支えておりますのが2本のバイク用リアショック!

見た目は男心をクスぐるアイデア感は満点なのですが・・・さて座り心地は如何に!
座ってみたいのですが・・・
セレブの象徴? 螺旋階段をバックに・・・
と、紹介してきました。

さらに「もっと詳しく知りたい」や「他の商品も見たい」と思われた方は是非こちらからG-SESをクリックして頂ければ
G-SESの本気度はもっとご理解いただけるのでは思っております。

さて、やっと退院してからの話しに戻しますが、そもそも乗れるバイクは術後では軽量級に限られる!
となると250ccクラスのCB77、Ducati Mach1、NSU、RT1の4車種。

その中で体調に合わせると一番大人しいDucati Mach1になりますが入院前に、また修理箇所が発覚。
GASタンク左下前寄り(画像のキースイッチ右横)からの滲むようなGAS漏れ。
一応、エポキシ樹脂で応急処置!

応急処置のつもりがいつのまにか「おっ!治ってるやん!」で、けっこうイケてしまうのです。

筆者の十二指腸の修理も「おっ!治ってるやん!」となってれば良いのですが・・・

ではまた。
T-PADDOCK630 T/Tatsumi

2019年9月5日木曜日

『Bike in the sky』#146 ちょっと別荘に・・・

こんにちは。

タイトルを「ちょっと別荘に・・・」としましたがマジで別荘に行ってきたわけではありません。

二つの業界の中では、一つが刑務所!もう一つが政治家がよく使われる病院!

これをどちらの業界も別荘と言い、その後者の別荘に行きました。

別荘からの眺めはなかなかで・・・
早朝5時頃の別荘からの眺めも、こちらもなかなかです。
しかし、こういう場所でお世話になるには条件が必要です。

それは安もんの政治家が使う“仮病”ではないマジの病気が求められます。

以前の記事で「入院の練習をしている様子」と弄られたことがありましたが、ほんまに実践することになるとは。

で、入院することになった病名は?・・・「十二指腸ガン」です。

手術は十二指腸にできたガン細胞を取り除くことですが、ガンそのものより手術の技術にリスクがあると説明を受けます。

今回の手術を月ヶ瀬までの途中の峠に例えるならば(わかる人しか分からない喩えです)

まず胃が円成寺とすると、その円成寺入口前のシケインを抜けて緩い左コーナーに突っ込んで行くと短い直線があり、
そこからさらにググっと切り込むような左コーナーを気持ちよく進むと、その先が土砂崩れで通行不能に
なってしまっているイメージです。

この現場は道の端っこから先に進むことはできても、いつまた土砂が崩れ二次災害に見舞われるかも。
そして、この先は右コーナーになりゴルフ場から先がクネクネ道が続く小腸へと繋がってます。

その十二指腸、胃側の円城寺から小腸側ゴルフ場までの距離は大よそ25mmぐらいです。

簡単に図にすると、こんな感じです。
この図の赤く印された所が憎っくき崩落現場ですが、きっちと今後も崩落が起きないように修復作業するのです。

そこの作業は普通では大型土木の専用車が必要になります。

ところが十二指腸という道は道幅も狭く路肩も緩く大型車では自重で更に道を崩落させてしまうかもな道です。

また柳生方面への生活道路を何日も塞いでしまうことにもなり大型土木車は不可。

要するに内視鏡で胃側から進むか、または小腸側から、ちまちま土砂を運び出して進んでも時間がかかり過ぎる
ということでこれも不可。

よって、腹腔鏡をダイレクト、オヘソ周りの外側5か所から患部に直接投入!
言わば、上空からヘリで直接大量の土砂を運ぶ作戦のようなものです。

結果、その方法で手術に臨み、運び出した土砂ならぬガンの実写画像が・・・
肉腫中央の白い部分がガンだそうです。

手術当日は朝8時30分に手術台に乗せられ30分ほど、準備の様子をライブで眺めておりました。

なかなか見れる機会はないので、きょろきょろ見渡しておりますと麻酔科の先生が口にマスクを当てられ
そのあとは・・・ふにゃふにゃ・・・ふむふむ・・・むにゃむにゃ・・・と意識が・・・

そして、瞼を閉じてから4,5分ほど目覚めた感覚でしたが実は手術室から出てきたのはなんと夕方5時過ぎ。
実に8時間超の大手術!

挙句に筆者の家族たちは執刀医師に「大丈夫ですか?生きてますか?」と詰め寄る始末だったとか!

しかし、現実は筆者が一番たいへんで術後一週間は食事なし!お風呂無し!の修行か!?と思えるほどの苦行です。

その後は、おかげさまで術後の経過も順調に回復しているようです。

そして待望の術後初の食事が・・・
流動食のこれだけ!
ありがたや!ありがたや!

そして翌朝のごはんも・・・
一週間も胃を空にして、いきなり食物を入れると胃がびっくりして気分が悪くなるらしいです。

そして、昼ごはんには、いよいよ普通に近い感じの食事が・・・
ここまでくると、けっこうおいしく頂けます。

ここまで初の「ホスピタルインプレッション」をお送りしてきましたが、
休日にバイクに乗れる、そして「はらへった~!」と思った時に好きなご馳走が食べられる。

ほんまに健康であることが、どれだけ人生を豊かにしてくれるか!?

今回は身をもって・・・この齢になって・・・改めて!

前回のブログ最後を「いよいよ・・・」で締めくくりましたが、本来のいよいよの続きは“Super Chair”でした。

しかし、今号は筆者の都合で大きく内容を変えざるを得ないことお詫びいたします。

次号は退院させて頂いておりましたら本来の記事に戻したいと思いますので楽しみにしてください。

入りたくない別荘から・・・ではまた!
T-PADDOCK630 T/Tatsumi